陽炎を狩る







「本当に1人で大丈夫?俺もついていこうか?」


車の運転席でそう心配そうに聞いてきた高橋さんに私は「大丈夫です」と笑った。


「ここで待っていてください」

「萌香ちゃん」

「広菜が残したもの、取ってくるだけですから」


そう言って車のドアを閉めて私は学校の門をくぐった。まだ何も始まっていない早朝の学校。
静寂に包まれるなか、私は歩みを進める。

美術室へ向かう廊下。

美術室と、資料室を挟んで一つの壁がある。

飾られたその絵を『陽炎』という。


私は、泉さんに借りたナイフを握りしめた。

その絵は木の板のようなものに貼られているものだった。

つまり、陽炎の中とは、

陽炎を狩る、とは、


「っ」


ナイフをつきたてて、斜めに破いていく。
そして破かれた隙間から手を差し込んだ。

破かれたことにより、絵が前に飛び出して、顕になったのは小さな、SDカードだった。


「ちいさ…」


手にとってみると、軽くて、こんなもののためにカヨラは私たちを苦しめたのかと怒りが湧いてくる。

広菜は、自分が描いた陽炎の中にこれを隠していた。

私は、サラに復讐をしたあとこのカヨラの闇の証拠を手にして告発するつもりだった。

だけど、復讐をしようとした時に原島先輩につかまり記憶を失った。

夢の中のあれは、広菜だったのか、私が私にうったえかけていたものだったのかは分からない。


手に持ったSDカードを車に戻り、高橋さんに渡した。


「中を見る権利、萌香ちゃんにはあると思うけど」


「いえ、大丈夫です。よろしくお願いします」


「…萌香ちゃん」


「はい」


「この世に絶望、しないでね。俺はこの証拠を握りつぶしたりなんてことしないから」


高橋さんは心配するようにそう言った。
大丈夫なのに。

確かに私は親友を失って、自分の記憶を失ったけれどそれがなければこの闇は明かされることもなかった。ずっと誰かを傷つけ続けていた。

後悔はない。私はあの時に見た走馬灯は本物だったのだと信じている。


「分かっています」


私は、そう言って笑った。