目をゆっくりとあける。
小さな窓の外をみれば、外は日が上り明るくなっていた。

どれほど私は気を失っていたのだろうと体を起こせば、腕の痛みと頭の痛みで再度地面に倒れ込む。

殺風景な空間。1人分の部屋のようなところだった。

あのあと、美術室に残った血が原島先輩のものだとわかり、そして、原島先輩に頭を殴られたところまで覚えている。

大丈夫、忘れていない。

と、私は痛さに顔を歪めながらなんとか立ち上がった。

泉さんは、大丈夫だろうか。そんなことが頭をよぎる。

ドアの方に行ってガチャガチャとドアノブを動かして開けようと試みるがその戸は鍵がかかっており開かない。

ここは、もしかしたらカヨラの中なのかも。
白い壁には青色のバラがところどころに描かれている。

原島先輩は、核心的な話になるとうまく話をそらしていく。ああは言ったものの彼はカヨラの人間だ。

もう誰を信じたらいいのか分からないよ、広菜。
ドアに背を預けて、地面に項垂れる。
両手で顔を覆った。

真っ暗闇、あの夢の中のような、あの、『陽炎』という絵のような。

ーーー『陽炎』

陽炎の中に眠り、陽炎を狩る。

まさか。

立ち上がった瞬間、ドアをノックする音が響く。

警戒するように距離を取り、開いたドアを睨みつけるように見つめた。原島先輩かもしれない。

また、記憶を消すつもりなのかも。

と、

入ってきたのは、若い小柄な女性だった。白い服に身を包み、黒い髪を一つに縛っている。

女性はドアの外を見て周りを気にするように見渡したあと、中に入りドアを静かにしめた。

怪訝な顔をして「誰ですか?」と問いかける。


「会いたかった、萌香ちゃん」


駆け寄って私を抱きしめたその人。
何が何だかわからず困惑する私に、その人は言葉を続けた。

「ここでのことも、すべて忘れちゃってるもんね、私のことも覚えてないか」

少し距離を離して私に笑いかけたその人。どことなく、誰かに似ているような気がした。


「あの紙は、お兄ちゃんに渡してくれた?」


「あの紙?」


「『お前の妹は、殺した。陽炎の中に、眠る』」


目を見開く。似ている、だって、兄妹だ。


「…もしかして、泉さんの妹さんですか?」


その人、実里さんは笑って頷いた。
今すぐこの人を、実里さんを、外に出して泉さんのもとへ連れて行ってあげたい。彼は、とても苦しんでいる。


「わ、わたし、もう何がなんだか分からなくて、自分のことも、信じられなくて、なんで、こんなことになってるのか」


吐き出される感情。
実里さんは、私の背中を撫でながら小さく何度も頷く。



「ちゃんと、すべて話すから、萌香ちゃん」