「…陽炎を、狩る?」
私は、カヨラに入ってどこまでを調べたんだろう。
ひとかけらの記憶も思い出せないことが本当に悔しい。
私は、すべてを調べ上げて復讐を企てていた。
そして、終えた後に『陽炎を狩る』と。
手紙を折りたたみ、箱に戻す。
着いていた土を丁寧に払って、蓋を閉めた。
頭の中は、ぐちゃぐちゃだった。
もとあった場所に箱を戻して、上から土をかけていく。すべてが終わったら、また手紙書くね、と心の中で広菜に伝えた。
そして、夢の中のことを思い出していた。
陽炎、陽炎、と何度も伝えていたあの子はきっと広菜で、広菜は陽炎の中に何かがあると訴えかけている。
それは、この手紙のことだったのかな。
私は、何かに気づいたけれど何も成し遂げることはなく記憶を失って帰ってきた。
おそらく、手紙に書いていた『陽炎を狩る』ことはできなかった。
それに実里さんの犯行文『陽炎に眠る』と何か繋がるような。
もう、泣いている時間はない。
私は立ち上がって土のついた手を払う。
その時、ポケットの中のスマホが振動した。
ーーー泉さんだ。
先ほど別れたばかりなのに、何かあったのだろうか。
画面をおす指が少し震えていた。
嫌な、予感がする。
「はい」
電話にでたが、電話越しの泉さんはすぐには返事をしなかったため、「泉さん?」と問いかける。
すると、泉さんの低い小さな声が耳をかすめた。
「今から、会えるか」
初めて聞くそんな声に、私は戸惑いながらも「大丈夫です」と返事をして、泉さんの家の近くで待ち合わせることを約束した。
大丈夫、私の勘は泉さんと違ってあたらない。
日は完全に沈んでおり、蒸し暑さとあたりに広がる薄暗さに顔を顰める。
私も、泉さんに手紙の事伝えないと。
やっぱり、広菜は記憶を失っていなくてカヨラの闇を告発しようとした。
それに気づいた私は、カヨラに入り調べて、復讐と広菜ができなかったことを成し遂げようとした。
そして、『陽炎を狩る』という言葉の意味を調べないと。
泉さんに話せるように、まだ絡まっている真実をなんとか頭の中で整理しながら走る。
泉さんの家の近くまで行くと、泉さんは近くの電柱によりかかっていた。
いつも、不適な笑みで私に片手をあげていた泉さんは、今日は私を視界に入れてゆっくりと電柱から背を離し、私が近くにくるのを待っている。
足をとめた。
だって、顔を上げた泉さんは私を猜疑心にまみれた瞳でこちらを見ていたから。
私との距離を縮めるように泉さんがこちらに近づいてくる。
思わず後ずさりをしてしまった。
だめ、逃げちゃ、話すことあるでしょう。
「い、泉さん、あの、私、調べたことあって」
無意識に警戒を働かせて後ろに動く足をなんとかとめて言葉をぶつけた私。泉さんは目の前で静かに足を止めた。
そして、
「泉さん、どうしたんですか?」
問いかけには答えない。ポケットから1枚の紙を取り出した。
「…疑いたくなかったが、一応調べたんだ」
「えっ?」
「この犯行文」
差し出されたそれは、実里さんを殺した、陽炎の中に眠る、というもの。
真っ白な紙の真ん中に黒い字で書かれている。
「筆跡鑑定、して、お前の字の可能性、高いって」