ーーー『ねえ、最近ねまた切ることが多くなっちゃた』
泉さんと別れ、自分の家に帰り着いた私は部屋に籠り机に座ってスマホを開いた。先ほどの一方的なメッセージより前に遡った。
1番古いものを視界に入れる。
そんなメッセージの後に、写真が一枚送られてきていた。手首に深く刻まれた傷のあとの上からまた赤い線が上書きされている。
その後に、おそらく文を送るよりすぐに声が聞きたかったのだろう、私から電話をしており1時間ほど話している。
ーーー『萌香ごめんね。ずっとそばにいてくれてありがとう。私、頑張るね。次の絵のコンテスト、受賞できそうなの』
ーーー『すごいじゃん!広菜なら絶対1番だよ!』
ーーー『ありがとう萌香。そいえば最近、一つ思い出したことがあって』
ーーー『なに?』
ーーー『かげろうって覚えている?陽炎』
ーーー『陽炎?』
ーーー『私が陽炎をみてこわいって言ったらね、萌香は私の手を強く握って言ったの「大丈夫、私がいるから」って。
私の手を離さないでいてくれてありがとう』
ーーー『そんなことあったっけ?笑』
ーーー『中学あがってすぐの頃だよ、わたし萌香のおかげで生きてこられた』
ーーー『大袈裟だよ!』
「大袈裟じゃないよ、ありがとう」
広菜のメッセージはそれで終わっている。
流れ落ちた涙が画面で弾けて模様になった。
指先でそれを拭う。
消したデータはメッセージだけじゃない。
私は涙を荒く服の袖で拭ったあと、写真のフォルダのアプリを開いた。
数枚しかなかったフォルダが多くの写真で埋め尽くされていた。
「っ」
普通の女子高生が2人屈託のない笑みを浮かべて写っている。
隣にいる、確かにそこに彼女は生きていた。
自分の髪をくしゃりと掴み、喉から唸るような声がもれた。
なんで、思い出せないの。
なんで、確かに、彼女は私のそばにいて一緒に笑い合って、こんなに、こんなに。
戻ってきてよ、お願いだから。
「…広菜」
次は手を離さないから。
全ての写真を目に焼き付けるように見ていく。
そして一枚の写真で手を止めた。
見覚えがあった。
ピンク、黄色、青色のブランコが並んでいて、奥には滑り台がある。
後ろには山に続く緑が広がっていて、その真ん中でまだ少し幼い少女が2人遊んでいた。
「っ、これ…」
ロッカーの中から持って帰ってきた絵を私は全て取り出して1枚ずつ見ていく。
美しい夕日の絵、心の闇をうつしだすような鬼のようなバケモノの絵、花の絵、それから、
公園で2人で遊んでいる少女たちの絵。
その絵を手に取り、持ち上げた。
そしてカメラフォルダに残っている写真と見比べる。
格好や髪型、雰囲気などが私と広菜に似ている。
だけど、写真と違うところが一つあった。
絵には、山へと続く茶色と緑の境目の部分が、揺れているように表現されている。
まるで、地面から湧き上がる透明の炎のようなもの。
「…陽炎」
絵を持って、私は立ち上がる。
ここに何かあるんじゃないだろうかと思った。
窓の外を見れば、薄暗くなっている。
私はスマホと絵を持って部屋を出た。
階段を駆け降りて、玄関に向かえば
「どこに行くの?」
後ろからきこえた母の声に足を止める。
振り返ると心配そうな表情を隠すことなく私に向けて、再度「どこに行くの」ときいた。
「すぐに帰ってくるから」
「どこに行くのときいているの、最近授業もちゃんと受けてないようだし、何をしているの?」
「…自分のことを調べてるの」
「どうして?」
「私がやらなきゃダメなの」
「なんで萌香なの?失踪して誰かに酷いことされたかもしれないのに、なんで?」
私の腕を掴んで揺らした母。
きっと母自身も何かを知っているのに私を思って何も言わない。
隠すことは、正義だと、そう言っているように思えた。
「お母さん」
掴まれた手をゆっくりと離す。
「私は、お父さんやお母さんに何か言ってから失踪したんじゃないの?」
「っ」
「置き手紙?それともメッセージ?電話?それがあったから積極的に警察は動かなかった、違う?」
母は手のひらで顔を覆い、首を横に振った。
もう、誰かに嘘で塗り固められた言葉をぶつけられるのも隠し事をされるのはこりごりだ。
「私、次はちゃんと帰ってくるから。お願い、教えて」
母はゆっくりと手を離して震える唇を小さく開いた。
「っ、ひ、広菜ちゃんを、探しに行くからしばらく帰らないって、そう言ってた」
「広菜のこと、やっぱりお母さんも知ってたの?」
「中学校が同じで、ずっと仲が良かった。ここに遊びに来てたりもしてたの」
苦しそうに顔を顰めた母は、「でも」と息を吸った。
「あなたは失踪した広菜ちゃんを探すために家を出て、広菜ちゃんを忘れて帰ってきた」
「っ」
「…何かひどいものをみたんだろうって、お父さんと相談して、部屋にあった広菜ちゃんのものやスマホの中のもの、すべて消したの」
「なんで…」
「あなたのためを思って!だって、広菜ちゃんのことをなかったことにすれば、あなたは前を向いて生きていける!そう思ったの!」