テレビや本で見たことがあった。
1人の人間にいくつかの人格があり、ことあるごとに人格が交代して日々を送っている。

満尾広菜さんはそれに苦しんでいた。

ロッカーの中の絵の雰囲気が全て違う。
そしてあの手紙たちは、自身の人格同士がやりとりをおこなっていたとしたら。

ーーーーーー『ここまできたら、サラに頼むしかないんじゃないか、お前に残ってる手はそれだけだ、大丈夫、どうせ忘れるんだから』


心臓がひりつくように痛い。


「私からどんな情報をききだそうとしていたのか分かりませんが、あなたのやっていたことは人のやることじゃない」


「…何を言ってるの、私はカヨラの」


久松先生はひくひくと口角を揺らしながら言葉を続けようとするがそれは泉さんの「もういい」という声に止められた。
ナイフが折りたたまれポケットにしまったあと、泉さんは私に「行くぞ」と言って手を引いて出口へと歩いていく。

「い、泉さん」

「もう知りたいことは知れただろ、カヨラの仲間がくる可能性があるさっさと行った方がいい。2人とも記憶消されたら今までのことが終わる」


冷静にそう言い放った泉さん。
私は小さく頷いた。

確かに、知れたいことは知れた。
あとは、満尾広菜さんが残したものを探さないと。

周りの目を気にしながらしばらく歩いていると、泉さんが横で何かを取り出した。


「これがねえと連絡取れないから苦労した。さっさと受けとれ」


差し出されたのは、高橋さんに預けていたスマホだった。
受け取る前に泉さんの方を見上げれば、前を向いたまま泉さんは私にスマホを押し付けるようにして渡す。


「お前の読みはあたりだったよ、データは消されてたらしい。だけど消したのはお前じゃないと思う」


満尾広菜さんの情報はカヨラの人によって消されたんだろうか。
私はおそるおそるスマホの電源をつけた。
画面が明るくなり、私は震える指先でロックを解除した。


「ひとりで見た方がいいんじゃねえのか」


「いえ、いてください」


そう言って、メッセージのアプリをおした。
開かれた画面の1番上の欄には『広菜』と表示されている。
それだけで泣きそうになった。満尾広菜さんが私のそばにいた証、小さなかけらのような証を大事に抱えて私は彼女とのやりとりを開いた。

最後の方は、私が一方的にメッセージを送っておりそれは未読のままだ。


ーーーー『いじめのこと、なんで私に言わなかったの。クラスは別れたけどそれ以外の時間は一緒にいたじゃない』

ーーーー『ごめんね何も気づかなくて、広菜を責めてるわけじゃない。ごめん、お願いだから返事をして』


ーーー『広菜、学校辞めたの?なんで連絡をくれないの、私は噂を信じないよ』


いくつもの繋がらない電話、メッセージ。
そして最後のメッセージも私が送っていた。


ーーー「すべて分かった。広菜、私は広菜を救い出すためにカヨラに行く」


別の人間でも誰でもない、これを送ったのは紛れもなく私で私は、満尾広菜さんを助けるためにただただ必死だった。


「私は、カヨラに行って何をしたんでしょうか」


そして、どこでどのタイミングで、誰が私の記憶を消したんだろう。

ただ分かっていることは、


私は、


満尾広菜さんを救えなかった、ということだけだ。