「ここにきて、治療をしてた。そして、カヨラをすすめたのは事実よ」
「…実里はどこにいる」
「カヨラの中にいるわ」
泉さんはくしゃくしゃになった紙を取り出して、久松先生の顔の前に出した。
『お前の妹は、殺した。陽炎の中に、眠る』
何度も何度も見返して紙を握りつぶしたようなあとが残るそれ。
泉さんは感情をなんとか押し殺すようにその紙を揺らして、怒りを噛み殺しながら言葉を放つ。
「これ送ってきたのは、お前か?」
「ちっ、違うわ!本当よ!」
「実里はカヨラの中で誰かに殺されたんじゃないのか」
押し付けられたナイフに力が加わり、久松先生の首から赤い血がつたる。「違う、違う」と声を震わせながら否定する久松先生。
おそらく事実だ。人間、死にかけている時に嘘をつけるほど強くはない。
生きている証拠を見つけ出して、泉さんをとめないと。
実里さんのファイルを急いで読み進めていれば、最後のページに封筒が挟まっていた。カヨラという文字と青いバラが描かれている。
震える手でそれを開けて、中を引っ張り出す。
それを視界に入れた。
ーーーー日にちが1週間前だ。手書きで書かれている手紙のようなものだった。
『この道を選んだのは私ですが、先生、私は間違っていたのだと思います。手紙を送れるのは先生にだけなようなのでここで少し私の話をきいてほしいです。
先生、私にカヨラをすすめたのはなぜですか?
私は辛い過去をすべて忘れられましたが、変わりにこここの闇を知りました。
お兄ちゃんに会いたい。元気かな。顔だけでもみたいな』
ーーー生きてる。実里さんは、生きてる。
「い、ずみさん」
「…殺してやる」
泉さん、お願い。
「泉さん!!実里さんは生きてます!!」
目一杯の叫びが響いた。泉さんの手からナイフが溢れて落ちた。
久松先生の身体が力を失ったように地面に倒れて、喉に手を押さえてひどく咳き込んでいる。
泉さんは、私の方を振り向いた。
「…おそらく、何かしらの制限があってここにしか手紙が送れなかったんだと思います」
「っ」
泉さんがこちらにかけより、手紙を受け取ったあとそれを読み進めていく。
手のひらで顔を拭った泉さん。吐いた息が震えていた。
「…こんなことして、ただですむと思わないことね。これ以上調べてもあなたたちが損をするだけよ」
久松先生の言葉に泉さんがこちらを見た。私は小さく頷く。
泉さんが地面に転がったナイフをもう一度拾い上げて、久松先生に向けた。久松先生の顔がまた恐怖で歪む。
「…久松先生は言いましたよね、私が何かを思い出した時は共有してほしいって」
私は新しくファイルを開きながらそう言う。
私は、まだ、私自身の記憶を見つけられていない。
そして、満尾広菜さんが残したものも。
あるファイルを開いて、私は手を止める。
満尾広菜。生年月日2009年2月23日。15歳。
母親の育児放棄により、解離性同一症となる。
一時は親友の助けもあり、改善に向かっていたがいじめを受け症状がひどくなる。
治療をすすめたいが、お金がない。
サラさんに頼み、カヨラの仕事を、そして私は記憶治療をすすめてみることにする。
「あなたは、カヨラを紹介することで何かしらの利益を得ているんですか?」
静かにファイルを閉じ、久松先生にそう問う。図星なのか、顔を赤くし「違う!」とひっくり返った声がそこに響いた。
違わない。この人は、私利私欲のために満尾広菜さんを利用していた。
お金が必要だったのは、ここに通って少しでも自分の症状を改善させるため。
そしてお金を稼がせるためにサラは仕事を紹介し、久松先生は彼女の症状を改善させるためと記憶治療の名目でカヨラを紹介した。
そして、晴美の言う通りあのロッカーは、満尾広菜さんのものだった。鍵の番号は『223』、彼女の誕生日。
「満尾広菜さんは、解離性同一症。いわゆる多重人格だったんですね」