晴美と別れて、もう一度美術室へと戻った。
重田先生はすでに職員室に戻っていた。
部室のあらゆる場所に描きかけの絵や、完成された絵、額縁のようなものにいれられている絵など様々なものが置かれていた。
この中に、満尾広菜さんのものは残っていないのかな。私は、それをみても分からないのかもしれない。
結局記憶と自分の感情は切っても切れない関係にある。
高橋さんが見せてくれた監視カメラの映像を思い出した。
私はサラをここに呼び出して、ナイフを持った。
「っ」
目をつぶってイメージの中で私は片手を伸ばした。
思い出せなくても、きっとその時の感情は同じだ。
「…広菜を返して」
今まで発した自分の中で1番低い声だった。
頭の中のサラがナイフを向けられて、恐怖で顔が歪む。
「…広菜を闇に引き摺り込んだあんたを私は絶対に許さない」
ーーーー広菜を死に陥れたものへの『復讐』
サラはどうにか逃げようとそこらじゅうにある絵をなぎ倒し私から距離をとった。
そんなことをしても私は止まらない。
今、サラに与えている恐怖より広菜の方がよほど苦しんだから。
片手を振り上げた。
サラへその刃が突き刺さる瞬間。
「っ!」
目を開けて、私は地面に倒れ込んだ。
荒く呼吸をして、自分の片手をおさえる。
そしてあたりを見渡した。
私は、きっと彼女に復讐はできなかったんだろう。
そして、記憶をなくしている。
並べられている絵の中の人間たちが私を冷たい瞳で見下ろしていた。
そして端に密かに立てかけられていた絵に目を向けた。
下書きのようなものなのに、右端に赤い何かがついている。
「…これ」
それを手を伸ばして指先でなぞった。
まさか。
ーーー血。
私は、衝動的にその部分を破り握りしめる。
そしてスマホを取り出して、ある人へ電話をかけた。
しばらくのコールの後、「萌香ちゃん?どうしたの?」といつも会うより幾分か低い声が耳に届く。
「高橋さん、ひとつ調べてほしいことがあって」
私は手に握りしめたそれをそのままに、立ち上がった。
真由には、近くにサラがいる状況ではあってはいけない、そう思った。
おそらく晴美のようにサラに監視されているもとでは、話をしてくれないだろう。
そう思ってやってきたのは、近くの繁華街だった。
夜は華やいでいるなかに少しの闇を感じる。
賑わう道沿いには、私と同じぐらいの歳の女の子たちがただ立ってスマホをいじっている異様な光景。
1人の女の子に男性が声をかけて、一緒にどこかに歩いていくという様子を私は視界に入れて眉間に皺を寄せた。
しばらく歩いていると、黒く長い髪でミニスカートをはいた女性が腕を組んでスマホをいじっていた。
私はゆっくりとその人に近づき、前に立った。
「真由」
声をかければ、その子の動いていた指先が止まる。
そして顔を上げれば、その表情は驚きと焦燥が見える。
「なっ、なんで、萌香」
「話をしたくて」
「学校で話せるじゃない、てか最近何してんの?」
怪訝な顔をして私をみた真由。何をしているのかと問いたいのは私の方だ。
「場所を変えよう」
真由の腕掴んでそう言えば、真由は色々と言いたいことはあるのだろう口を一度開いて、また閉じて、そして迷ったように瞳を泳がせたあと、「分かった」と小さな声で返事をした。