「…みても怒らないで」
子どものようにしゃくりあげながらそう言った晴美。
それをゆっくりと私に差し出す。
彼女の震える指先が画面を押した瞬間、高い笑い声がそこに響き渡る。
私はそれを受け取り、画面を視界に入れた。
映像だった。
1人の女の子が、映っており髪は濡れて地面に座り込んでいる。
それをみて笑う2人、サラと真由だ。
ということは、映像を撮っているのは晴美ということだろう。
そして、虚な目で顔を上げたのはあの写真より大人な顔つきになっている満尾広菜さんだった。
ひゅっ、と短く喉がなった。
恐怖、怒り、憎悪。どれを感情の正解にしたらいいのか分からない。
「わ、私は、サラと真由に言われて、撮ってただけなの!本当は嫌だった!」
「黙って」
晴美は顔を真っ赤にして唇を噛み締めた。
そんな晴美を睨みつけたあと、画面を視界に入れる。
ーーー「あんたの絵気持ち悪いわよね、ぜんぶ別人が描いたみたいだし、誰かに描いてもらったんじゃない?」
ーーー「ゴーストライター的な?あははっ!通報通報!!」
ーーー「てかこいつ、親にも見捨てられてんでしょ?私たちのほかに友達とかいんの?」
サラと真由からぶつけられる暴言。
最後のサラの質問に、満尾広菜さんはゆっくりと顔を上げた。
泣き出しそうな目をして、そのあと、絶望するかのように色がなくなる。
「…いる。親友がいる」
小さく聴こえたその声。
手で、感情が溢れないように口をおさえた。
ごめん、ごめん、助けられなくて、ごめん。
ーーーー「『親友』だって!さっぶ!誰か言えよ!そいつも一緒にーーー」
その言葉は途切れた。
座り込んでいた満尾広菜さんが立ち上がり、こちらに向かってきてスマホを払いのけたから。
そして真っ暗になった画面でその映像が終わる。
晴美にスマホを渡して俯く。落ち着け、感情で動くな、あくまで私は真実を調べる。
「…このあと、どうなったの」
「いじめは、落ち着いた。その代わり、広菜は学校にあまり来なくなった」
「サラが、仕事を紹介したから?」
「…たぶん」
「お金が必要なのは、サラが脅してたからっていうのは本当?」
「…分からない、でも、真由なら何か知ってると思う」
地面に顔を向けたまま言葉を続ける晴美。それは感情がどこかへ飛んで、ただ真実を話すだけのロボットのようだった。
「なんで真由が?」
「真由も、そういうことやってるから」
一枚の写真が思い出される。
「真由、よく言ってた『嫌なことさせられても結局何もかもなかったことになるからこんな楽な仕事ない』って」
ーーーー結局、なかったことになる。
それはすなわち、記憶がなくなるってそういうこと?
カヨラは売春と関係している。やっぱり、泉さんが言っていたことは本当なのかもしれない。
晴美は、片手をあげて指先を後ろにあるロッカーに向けた。
「このロッカーは、広菜が1人で使っていたものだよ」
「っ、え?」
「この中に入っていたものは全部、広菜のもの」
手紙や、絵を思い浮かべる。なぜそんなことを言い切れるんだろう。
「もう、許して、ごめんなさい、2度と萌香に関わらない、友達のふりもしない、ごめんなさい」
再び床に額をつけた晴美。同情なんてしない。
人を傷つけて、笑って、優越感に浸っていたこの人の味方なんて、絶対に。
私は、彼女に手を差し伸べることもなく彼女を見下ろしたまま口を開いた。
「学校以外で、真由がよくいる場所、どこか分かる?」
「っ…」
「もうここまできたら、何も逃げられないんだよ晴美。教えて」