親友を助けるためだとしたら、私は何をした。

考えろ、考えろ。

彼女はある理由でカヨラを頼りそして売春をしていた。その真実を知った私は、彼女を普通の道のレールへ戻そうとしていた?

いや、私は今まで外から見る傍観者のような感覚だったけれど、それももしかしたら違うのかもしれない。

それとも全てを知っていて、私も、

ーーー私も彼女と一緒にカヨラの中に入っていた可能性があるのでは。

泉さんの顔がちらつく。
それを知ったら今度こそ幻滅され、離れていくかもしれない。

そんなことを思いながら美術室の壁を挟んで隣にある資料室の扉を開ける。


「っ」


1つのロッカーの前。そこに立っていたのは晴美だった。
中に入る前に私は足を止める。
美術室と資料室は壁一枚で繋がっており、おそらく先ほどの重田先生とのやりとりは聞こえていたのだろう。
晴美はこちらを見て、俯いていた顔を上げる。

今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「晴美…?」


私は資料室へ足を踏み入れ、扉を閉める。
私が近づけばその分、晴美が離れた。


「ご、めんなさい、ごめんなさい」


「晴美、大丈夫?」


両手で顔を覆い首を横に振りながら「ごめんなさい」と繰り返す晴美。
私は駆け寄って彼女の肩に手を添えたがそれは振り払われた。


「わ、私は、何も知らない、広菜が、広菜が、」


「晴美、落ち着いて、大丈夫だから、ちゃんと聞くから」


座り込んだ晴美のそばで私は彼女の視線に合わせるように床に座り込んだ。
そしてしゃくりあげながら泣く晴美とその後ろにあるロッカーへと目を向けた。


「晴美、このロッカーは誰が使っていたものなの?」


「っ、」


「お願い教えて」


いろんな種類の絵や、誰かがやりとりしていた手紙。
あれのどれかに満尾広菜さんがいるのは確かだった。

晴美はこもった声色で「私のせいじゃない」と小さく呟いた。


「晴美、質問を変えるね、私が、満尾広菜さんをいじめていたっていうのは本当?」


晴美は驚いたように顔を上げた。
目が真っ赤になっており、メガネが涙と指紋で汚れている。
私は彼女のメガネをゆっくりととってポケットから出したハンカチで晴美の目元を抑える。


「だっ、誰が言ったの、それ」


「…サラだよ」


晴美から手を離してそう言えば、晴美は困惑したように首を横に振った。


「ち、違う、違うの、なんで、そうじゃない」


「どうして違うの?私は、満尾広菜さんを傷つけたんじゃない?」


「違う、違う」


何度かそう呟いたあと、晴美の瞳に溜まった涙が次々と頬を伝っていく。


「傷つけたのは、私」


晴美の口がそう動いた。


「…どういうこと?」


「広菜は美術部で、絵がうまくて、誰からも好かれてた」


私の知らない満尾広菜さんだ。
だけど、そんな彼女の方がどこか腑に落ちる。

「うん」と頷いて私は晴美の隣に座った。
そして彼女が話しやすいように手のひらを背中に添える。


「…私は、みっともなく、嫉妬したの」


「…嫉妬?」


「1年の時、あなたは別のクラスだったけど広菜と真由とサラ、それから私は同じクラスだった」


ーーー矛盾、みつけた。
記憶の中にあるのは、サラと真由と晴美との思い出ばかりだ。でも思い返してみれば同じような日のループが行われているみたいだった。

授業中の記憶、休憩時間の記憶、そして3人と遊んだ放課後の記憶。
それが数ヶ月前のことなのか1年前のことなのかも分からない。

普通の日常を意識するあまり、同じような日常の記憶だとしても何も疑わなかった。

まさか1年前、私は彼女たちと一緒にいなかったなんて。

ならなんで、ずっと一緒にいたなんて嘘を?


「私は、広菜が妬ましかった。なんでこんな子がって思ってた、だから、サラや真由に広菜のことを話した」

「っ、それで?」

「最初は、無視からはじまって、だんだんエスカレートした。物を隠したり、暴言吐いたり」


私は、そのことを知らなかったんだろうか。
どこに向けたらいいか分からない怒りを拳を握りしめて押さえ込む。彼女にぶつけてはダメだ。きっと2度と私の前で真実を口にすることはなくなる。


「広菜は、誰にも言わずに耐えてた。私はエスカレートする彼女へのいじめに罪悪感を覚えながらも、少しの快感を覚えていたのも事実。

…彼女は落ちぶれた、そんな中なんでか広菜はサラを頼って仕事を紹介してもらうようになったって聞いたの」


「…仕事ってどんな?」


「っ、たぶん、風俗みたいな感じ。く、詳しくは知らないの信じて!
だけど、広菜はお金が必要だってずっと言ってた。もしかしたらサラに脅されてたのかもしれない」


縋り付くように私の腕をつかんだ晴美。その手をゆっくりと離す。
おぼえたのは嫌悪感だった。
これ以上、この人と一緒にいたくないと思ってしまった。だけど、離れるのはすべてを知ってからだ。


「なぜ、私はずっと友達で一緒にいたなんて嘘を?」

「2年から同じクラスになって仲良くなったのは事実だよ!その時萌香は何も知らなかった。広菜は不登校になって学校を辞めて、そして、

萌香は失踪して記憶を失って帰ってきた」


広菜が学校を辞めるまで、私は何も知らなかった。親友なのに。
何をしていたのかと自分の太ももを拳で強く押し付ける。親友がいなくなって、死ぬかもしれないという時に私は何をしていたの。

楽しく、普通に学校生活を送るために必死だったのだとすれば自身に軽蔑する。


「萌香が記憶を失って、サラが言ったの『広菜のことは黙っていよう』って。

私も何事もなく過ごすためにそれに同意した。でも、やっぱり、そんな日常は辛かった。私のせいで、広菜は……何が起きたのか私も分からなかったけど、元凶は、私。

サラが目をつけたのは私が広菜のことをサラに相談したからだよね、ごめんなさいっ、本当に、ごめんなさい」


床に項垂れ、額を床につけた晴美。
私はゆっくりと立ち上がり彼女を見下ろす。


「真実かどうか、ちゃんと証明して」


「っえ?」


「もう、人の言葉に踊らされるのは嫌なの。すべての証拠を出して、じゃないと信じない」


晴美は泣き顔のまま困惑したように瞳を泳がせて、自分のスマホを取り出す。
その指先が震えていた。