陽炎を狩る




サラに笑いかけながら、駆け寄った久松先生。
サラも気を許しているのだろう、何かを話しかけて談笑を始めていた。

変な汗が私の額に浮かんで伝っていく。
手の甲で拭って、彼女たちを見つめる。

久松先生は今回の件で何か関わっていたんだろうか。
私が失踪前に来ていたこととやっぱり何か関係しているんじゃないのか。


「…お前、あそこに何しに行ってたんだ」


「カウンセリングです」


「…カウンセリング?」


「失踪中の記憶をなくしているのは、ストレスからだろうって、母に勧められて行っていたんです」


「なるほどな」と泉さんの幾分か低くなった声が頭上で聞こえた。
サラも久松先生のところへ通っているということだろうか。
でも、なんとなくそうじゃない気がする。

久松先生がいつも私に見せる笑顔とは少し違うその顔。先生と患者ではなく、対等に何かを話しているような。

と、久松先生が手に持っていた封筒をサラに渡した。
表が見えたその時、泉さんも気づき「おい、あれ」と私の頭を軽く叩く。


「カヨラの封筒…」


青色の薔薇が描かれており、カヨラという文字が見える。
ーーー久松先生もカヨラとつながっている。
真実が明らかになっていくうちに誰を信じたらいいのか分からなくなっていく。
誰が善で、誰が悪か。

サラがそれを受け取り、口が「ありがとう」と動いた。

あの中身に何が入っているんだろう。
今、あそこに行けばすべてが分かるかもしれない。


「っ」

「待て」


踏み出した足は泉さんによって止められた。


「調べるには、今しかありません」


「まだだ、今じゃない」


「なんでですかっ」


今、止められている現状により泉さんへ向けるその瞳も疑いの気持ちが入り込んだ。
信頼していた人が裏切りものだった。それだけで、人はたいする信頼がすべて砕け散るような、そんな感覚だった。

あの夢の中のように喉が閉まってうまく呼吸ができない。


「いっ、いつもの泉さんなら、絶対行くでしょう、なんで止めるの」


「何も確証がない以上、今行っても上手いこと逃げられる可能性がある。

久松と徳田サラがカヨラによって繋がってたからなんだっていうんだよ、宗教仲間だって言われて終わりだろ」


「でも!あの封筒の中身を調べれば」


「調べて何も出てこなかったらどうすんだ」


「やってみないと分からないじゃない!」


「いいから落ち着けって、騒ぐな」


私を壁に押し付けるようにして、私の口を手で押さえた泉さん。
息が荒くなる私に、泉さんは少し力を緩めて私をじっと見つめる。


「…ゆっくり息吸え、大丈夫だから」

「っ」

「事実は逃げない、慌てるな。全部間に合うから」


その言葉は、自分にも言い聞かせているようだった。
間に合う。それは、実里さんのことなんだろう。

泉さんの言うとおり、私はゆっくりと息を吸う。
手が痺れていたことに気づいて、指先に力を入れた。

泉さんが私から手を離して、私のパーカーのフードを持ち上げて頭に被せた。

泣いていたことに気づき、私は袖で荒く目を擦った。

泉さんは私の隣に壁に背をつけて息を吐く。


「お前の周りにもう1人、カヨラの封筒を持ってたやつがいただろ」


その言葉で、私は写真の中にうつる真由が脳裏をよぎった。


「あの写真を撮ったのは、おそらく真実を知った過去のお前か、満尾広菜なんだろうな」


「っ、なんでそんなこと」


「勘だ」


「またそれ…」


「俺のはよく当たるぞ、だからお前は満尾広菜をいじめていないし、失踪した理由も満尾広菜を消すためじゃない」


「…じゃあ何のために」


「満尾広菜を救うため、だ」


何の根拠もない泉さんの勘。だけど、私は不思議と彼の言葉に耳を傾けてしまう。

フードを指先で引っ張って顔を隠す。泣き顔を見せたくなかった。


「親友が死んだあと、お前は死んだ理由を探すために失踪したんじゃないのか、徳田サラにナイフを向けたのも、何かしらの情報を引き出すため、か」


「もしくは」と、低く、真っ直ぐとした声が私の耳にやけに響いた。




「満尾広菜を死なせた者への、『復讐』か」