パソコンを閉じた泉さんがおもむろに時計を見上げた。
「今日は、まだ終わりじゃねえぞ」
そう言って立ち上がる。
正直疲れ果ててしまっていた私は「ええ」と顔を顰めた。
これ以上一緒に何を調べるというんだ。
カヨラのことだってまだ何も分かっていないのも同然なのに。
「お前自身のことはひとまずここで終わりにして徳田サラを調べる。そろそろ下校時間だ、行くぞ」
ということはまさか。
「調べるって、尾行するってことですか?」
「仮にも警察官の前でそういう作戦会議やめてくんない?逮捕するよ」
高橋さんが苦笑いでそう言った。
「すみません」と萎縮した私にたいして泉さんは「けっ」と笑って高橋さんを軽く蹴る。
「てめえだって胸張って善の警察官やってねえだろうが、目つぶれそして帰れ」
そう言えば、高橋さんは「はいはい」と腰をあげて玄関に向かう。
私は慌てて高橋さんのあとを追った。実里さんを探すためにしてもここまでやってもらっておいて足蹴りして帰らせるのはあんまりだ。
「高橋さんっ」
「うん?」
玄関で靴を履いている高橋さんがこちらを振り返ると同時に頭を下げた。
「ありがとうございます、色々と調べてもらって」
「いいんだ、俺がやりたくてやってるから」
顔を上げれば、高橋さんはせつなげに笑って玄関には出てきていない泉さんを少し気にかけながら、声を顰めた。
「すぐるは、君を実里ちゃんと重ねているんだと思うよ」
ーーーー「つらいだろうが、踏ん張れ。お前は勝手にいなくなるなよ絶対」
泉さんの言葉を思い出す。なんだか少し腑に落ちた。
「私は、誰かを傷つけて生きてきたかもしれない。誰かに守ってもらえるような人間じゃないんです」
言葉に出してしまえば泣きたくなってしまう。
唇を噛んで堪えていると、頭の上に手が乗った。
「誰も傷つけていない人間なんていないよ」
「っ」
「自分を卑下して否定する気持ちは今の萌香ちゃんの現状を考えたら分からなくもない。それでも萌香ちゃんは自分の記憶の闇を調べようとしている。
泉に頼まれたことだとしても、その事実は君を信用にするに値すると俺は思うよ」
「だから大丈夫」と笑って言った高橋さん。
きっとこの人たちがいなければ私はとっくのとうに自分が逃げていたと思う。
「ありがとうございます」と涙をなんとかこらえながら掠れた声で放った言葉。
高橋さんが頭を撫でて、そして私の耳元に顔を寄せた。
そして泉さんには聞こえないようにと手を添えて、
「…それに、あいつの勘はよくあたるよ」
そう言った。