「あんなこと言ってよかったんですか」


「本当のことを言っただけだ、お前の気持ちを代弁して言ってやったんだからな、ありがたく思え」


私の手を離しそう言った泉さん。
別に望んでいたわけではないけれど、少しすっきりしたのは確かだった。

カバンの中から写真を取り出す。やっと見れた満尾広菜さんの顔。
彼女が私の隣を歩いているのを想像した。
なんだか泣きたくなった。だって、

もう、彼女はこの世にはいない。


「満尾広菜さんも、記憶を消したくてカヨラを頼ったんでしょうか」


「どうだろうな、単純に売春して都合よくその記憶を消して金が欲しかったのかもしれない。

あとよ、あのババア『陽炎』って言ってただろ、俺の妹の失踪もやっぱり満尾広菜とつながってるかもしれない」


「調べないと、ですね」


写真を目に焼き付けてそう言う。次は忘れない、絶対に。


「満尾広菜が売春をしていたのは、さっきの母親の口ぶりから確定だとして、次はお前の記憶だな」


「え…?」


「徳田サラからきいたことをひとまず事実か調べる」


「どうやって?」


「いじめの件は、徳田サラだけじゃなく他の連中にも聞いてみろ、口裏を合わせたとしてもボロが出るやつが必ずいるはずだ」


ふと、晴美の顔が浮かんだ。きいても答えてくれるかどうかは分からない。

そして、もし事実だとしたらこの人は2度と私に協力を求めてきたり手を貸してくれたりはしないだろう。そう考えるとなぜか知ることがこわくなる。

信頼が崩れることは、逃げたくて、おそろしいことだ。
でも、これ以上自分自身から逃げたら何も解決なんてしないことは嫌でも分かっていた。
自分が『悪魔』でも正面から受け止めないと。


「あとは、お前が徳田サラを脅したっていう話だ。それについては高橋が調べてくれてる」


どうやって?と首を傾げれば、泉さんが「着いてこい」と不敵に笑ってみせた。

しばらく歩いていれば、最近きたばかりの泉さんの家がみえる。
またここか、と口をへの字に曲がれば泉さんはそんな私の表情をみて

「ファミレスに行くと誰が話聞いてるか分かんねえだろ、先に高橋が中に入ってる。文句言うなクソガキ」

と、流れるように暴言を吐き出し家の玄関へと向かう階段を登っていく。


「高橋さんと、合鍵もってるくらい仲良いんですね」


「気持ち悪いこと言うな、一時的に貸してるだけだ。あいつ彼女いるし、その彼女と同棲してる」


高橋さん、彼女いるんだ。見た感じ仕事人間って感じがしてたから少し意外だった。でも、確かにあれだけ格好よく人柄もよかったら彼女がいてもおかしくはない。

「高橋はやめた方がいいぞ」

何か変な勘違いをした泉さんが引いたように私をみた。即座に「違いますよ」と言いかけたがあまりに複雑そうに顔を歪ませているのでそれもそれで腹が立つ。「なんでですか」ときいた私に泉さんが戸をあけながら言った。


「あいつ、腹黒いから」


開けた先には、腰に手を当てた高橋さんが中で待ち構えていた。


「失礼だな、お前よりましだよ」


怒りを隠しきれていない笑みを浮かべた高橋さん。
思わず「すみません」と私が謝った。
まさか聞こえていたとは思わなかった。たぶん、泉さんわざとだ。確かにやることが高橋さんより腹黒い。


「なんで萌香ちゃんが謝るの、ほら中入りな」


いつもの優しげな爽やかな笑みに戻った高橋さんがそう言って私に中に入るように促す。隣で泉さんが「ここ俺の家だけど」と不服そうに呟いていた。

中に入れば、テーブルの上にパソコンが広げられていた。おそるおそるテーブルに近づく。
…高橋さんは一体何を調べてくれたんだろう。


「泉さん、高橋さん、これは…」


「君の学校の監視カメラのデータ」


高橋さんの言葉に「え!?」と大きな声がでる。


「俺警察だしね、まあ色々頑張ったわけよ。君の失踪に事件性があるとかなんとか言ってさ。

だから、君が失踪中の期間の学校中の監視カメラのデータがここにはある」


「お前、失踪期間中に徳田サラと学校で会ったんだろ、それが事実ならここにお前が映ってるはずだ」


確かにそう。
だけど、私の記憶のためにここまでしてもらうのは。


「あの」


「失踪者を探すために、俺はお前の記憶を調べるってそう言っただろ、つべこべ言わず座れ」


泉さんはパソコンを見つめたまま私にそう言った。
高橋さんが優しげに頷く。
知らない自分が暴かれていくのはやはりこわい。

私は、失踪している間何を考えて生きていたんだろう。
ゆっくりと椅子に座った。そして画面を見つめる。


「ごめんけど、俺が先にひと通り調べたんだ」

「…ありがとうございます、高橋さん」


頭を下げれば、高橋さんは「いやいや」と慌てたように両手を左右に振った。


「勝手にみてごめんねって言いたかったんだ。君の知りたくないことかもしれないけど」


そう言って、パソコンのマウスをいじる。
画面が学校の門へと切り替わった。
そして長時間ためている一部の映像をとばし、ある場面でとめた。

人通りが多かった朝から夕方とは違い、あたりは暗い。そしてしばらくすると、


「サラ…」


周囲を気にしながら学校へ入っていく様子のサラが映っていた。


「そしてこの数分後」


少し映像が早送りされたあと、あらわれたのは私だった。失踪中、私は一度学校に来ている。
その記憶も当然私の頭の中に残っていない。徹底的にすべてを消し去っている。それを自分自身が望んだことならなおさら許せない。


「あと、さ」


「っ」


映像が止められ、高橋さんが言いにくそうに言葉を発して一度高橋さんがパソコンを自分の方に引き寄せキーボードを叩く。
顔を上げて、小さく息を吐いた。


「君が手に持ってるもの」


映し出されたそれは、私の手元を拡大した画像。

ーーーーナイフだった。

美術室でのサラの言葉を思い出す。

『あんたが記憶をなくしたのは、カヨラを頼ったから。そして、記憶をなくす前にこうやってナイフを私に突きつけて脅したの』

あれは、本当だった。
心がうまくついていけず、短く息をすって「そうですか」と声にならない声で返事をする。


「実際に言い争ってる映像はないのかよ」

泉さんがそう言った。

「さすがにそれはないんたけど、校内の中に一個、美術室につながる廊下に監視カメラがあってさ」

ごくりと唾を飲み込む。調べないと、逃げるな、逃げるな。
目を瞑ってしまいたくなるが、堪えた。自分の罪なんだから自分で受け入れるしかない。絶対に忘れてはいけない。

泉さんが再びパソコンをしばらくいじって、私の前に置いた。


「徳田サラがこの廊下を通った数分後、君が後を追うように廊下を通ったのも映ってる」

「っ」

「はったりじゃねえのか、お前ほんとにこの時のこと何も思い出せねえのかよ」


泉さんが軽く拳を私の肩にぶつけた。
「思い出せないです」と小さな声で返事をして、私は映像をじっと見つめる。

真実を受け入れる覚悟はできていた。他に何か、と画面を見つめ続けていれば、画面の端に映っているあるものに気づいた。

そして、指先でそれを触った。これは、私の失踪中にあったものじゃない。
だって、私が帰ってきたあとに飾られたものだと知っている。


「廊下の絵、この時にはまだないはずなんです」





「絵?」と高橋さんと泉さんが画面を覗き込む。


「暗くてよく見えねえが、これ絵なのか?」

「はい、私が失踪して帰ってきた後に飾られていました」

「高橋、この映像は本当に失踪中のものか?」

「それはそうだよ、フェイクでもなんでもない。萌香ちゃんが失踪している間のものだ」


確かに暗闇で見えにくいが、壁に飾られているそれは失踪後私が学校に行き始めて重田先生が飾っているところを初めてみた。
私が失踪中に飾られているものではないはず。

黒く、闇の中から湧き上がるように白い線が描かれているそれはなぜか強烈に脳裏に焼きついていていた。

隣で泉さんが「わけわかんねえな」と項垂れた。
そんな姿を横目に私はポケットからスマホを取り出し、テーブルの上に置く。

私自身が、私自身の望みで全てを消し去っていたとしても今の私は。


「あの、高橋さん」


スマホを高橋さんの前に持っていく。
こわがっている場合ではない。


「消したデータを復旧することはできますか」

「え?、どういうこと、萌香ちゃん」

「失踪する前にスマホから満尾広菜さんの情報を消した可能性があります。これを調べてみてほしいです。なにか情報が眠っているかもしれません」


「でも、それって」

「高橋」

高橋さんが続きの言葉を言う前に、泉さんが止めた。何が言いたいかなんて分かっている。

これ以上、自分の闇の部分を知って大丈夫なのか、と。
映像に映っているナイフを持っている自分を見つめる。どんな理由があろうと人様の首にナイフをつきつけ脅すような人間だ。

私は、そういう人間だった。
もう、それでいい。

ここまできたら自分のことだって、満尾広菜さんのことだってすべて調べあげてやる。


「ねえ、すぐる、萌香ちゃんがお前に似てきてるから今すぐ軌道修正してあげて」



「いいことじゃねえか、スマホから何が出てくるか楽しみだな立見萌香」


ニヤリと不敵に笑った泉さんに高橋さんはため息をつきながら「分かった」と頷いて私のスマホを受け取る。


「少し時間はかかるかもしれないけど、調べてみるよ。また調べ次第連絡する」


私のスマホのデータに何が残っているのか、もしかしたら失踪直前に自分で全てを変えてしまっている可能性もある。確証はなかったがやれるべきことはすべてやろうと思った。