次の日も学校を休んだ。
外に出たくないとか、逃げたいとか、そういうことではなかった。母には今日も休むと伝え「学校に連絡しておくね」と心配と不安を滲ませていたが、詳しいことはきいてこなかった。

しばらく歩けば太陽の暑さにより額に汗が伝った。

視線の先は陽炎がゆらゆらと揺れている。
その少し先で、泉さんが私の方に気づき片手を軽く上げた。

私は額の汗を手の甲で拭いながら泉さんの元へ駆け寄る。


「来なかったら、昨日みたいに押しかけてやろうと思ったわ」


「母がこわがってたので2度とやらないでください」


泉さんは「はいはい」と私の言葉を適当に受け流して自分のスマホを取り出した。
そしてしばらくいじったあと、親指を行き先の方に向ける。


「行くぞ」


どこに行くのかなどは聞いていなかった。ただ、「大事なことを調べる」とだけきかされており私は何が何だか分からないままここに来た。

ひとまず返事をしたものの私の歩みには合わせようとはせず、すたすたと歩いていく泉さん。

泉さんは身長がすらりと高く、脚も長い。私との歩幅は全くもって違うのに私のことは知ったことか、黙ってついて来いというような背中だ。
この人、絶対彼女とかいたことないな、とそんなことを思った。


「お前さ、満尾広菜と友達だったっつってたけどよ、お前の記憶はなくても写真とか、メッセージのやり取りとかそういうのは残ってねえのか」


こちらを振り返らないまま私にそう言った泉さん。


「残ってないんです。家にもないし、もちろんスマホの中にも。
サラが言っていたように、私が忘れることを望んだとすれば、失踪する前に自分で満尾広菜さんと繋がるものを消した可能性があります」


ふと、泉さんが足を止める。頑張って泉さんの歩幅に合わせていた私は危うくその背中にぶつかりそうになる。「うわ」と小さく言葉をもらして寸前のところで回避する。

泉さんが、険しい顔でこちらを振り返った。


「…正直に言うが、俺にはお前がそこまで悪人には見えない」


「えっ…?」


「違和感があんだよ、お前が満尾広菜をいじめて追い詰めたって。記憶がなくなろうが根本的な性格までは変わんねえだろ?」


「泉さんは、私のことをよく知らないから」


「お前だってお前のことよく知らねえだろ」



泉さんのそれに言葉が詰まった。確かに、私は私がよく分からなくなっていた。

新しい道を進み始めれば、そのまま新しい自分として生きていける。記憶がなくなってもまた素晴らしい日常が上書き保存してくれると過去の私は思ったんだろうか。望んでいた未来とは逆をいっているということ、記憶を消す決断をした自分に伝えたい。


「お前がもし、罪悪感からなんとしてでも逃れたくて記憶を消すようなやつなら、今、ここにお前はいないと俺は思うけど」


「それは」


ーーー泉さんが無理矢理

と、言いかけてやめた。そうだ今ここにいるのは私自身が決めたこと。

泉さんは自分の言いたいことを言ってすっきりしたのか私の言葉の続きをきこうとはせず再び歩き出した。
自然に私もその背中を追いかける。


「泉さん、私たちは今どこに向かっているんですか」


泉さんは、しばらく黙ったまま歩き続け幾分か後ろを歩く私の方をちらりとみた。
そして静かに言葉を放った。



「…満尾広菜の家だ」