今日は、美術部は休みだという。
私は美術部ではないけれど、なぜかこの空間が落ち着いていた。
満尾広菜さんが、私の友達だったからだろうか。

黒い絵が飾られているのを横目に私は、美術室に足を踏み入れた。
呼び出した彼女は先に来ていて、私が来たことに気づくとこちらを振り向いてにこりと笑った。


「美術室に呼び出すってことは、何か思い出した?」

「サラ…」


彼女は何かを私に話すつもりでここで待っていたんだろうか。いつもの屈託のない笑みが今日は何か黒いものを含んだ笑みに見えてしまう。


「満尾広菜さんのこと、なんで教えてくれなかったの?なんで、いないなんて嘘をついたの?」


サラの質問には答えないまま、私はそう彼女に問う。するとサラはゆっくりと美術室を歩き回りながら鼻歌を歌いながら飾られている周りの絵に指先で触れていく。


「言ってもいいなら言うけど、もう楽しい学校生活に戻れないよ、後悔するのは萌香だと思う」


「どういう意味」


「広菜のこと、どこまで調べたのか教えてくれない?」


私の正面に立って、そう言ったサラ。
私は昨日高橋さんがもってきたデータの紙を彼女に差し出した。


「なに、これ」


「カヨラっていう宗教団体へ多額の寄付をしてる人たちの名簿。サラのお父さんの名前も入ってる」


「…だから何」


「あなたたちは、カヨラと繋がっていて、カヨラは『売春』に手を染めている。そして、」


「そして?」


「あなたは、満尾広菜さんとカヨラの斡旋をした」


サラは、息を短く吐いたあと大きな声で笑い出した。


「何がおかしいの」


「そこまで調べて、自分のことは思い出せてないの!?」


「っ、どういう意味」


「だいたい」


サラの手が、私の肩を後ろに押す。私の身体は押さられた右側だけ後ろに下がった。
叩くように、数回私の肩を押して、怒りをぶつけるように言葉続けた。


「あんたがいなければ、」

「っ」

「広菜がそこまで落ちぶれることもなかったし」


何度も何度もからだをおされて、詰め寄られ背中に壁が当たった。


「私だって、広菜に仕事を紹介することもなかった。この学校から存在ごと消すこともなかった!」


「…私が、彼女になにをしたの」


サラの足が壁に強く当たった。


「いじめたの、あんたが満尾広菜を!」


その言葉がサラの口から吐き出された時、ひゅっと喉が詰まってどうやって息をするのかさえ分からなくなった。私が、満尾広菜をいじめた。

嘘だと叫びたいけれど、記憶を失っている私が全ての記憶をもっているサラに否定の言葉をぶつけることができない。


「萌香、あんたは広菜のことをいじめていじめて、追い詰めて、狂わせて、地獄に落としたんだよ!!」


サラは何度も何度も壁を蹴った。
いつも綺麗な緩く巻かれていた髪が乱れて、軽蔑するような瞳で私を見つめる。
泉さん、一緒に地獄に落ちてやるっていったけれど満尾広菜さんを追い詰めたのは私で、彼女が自殺した原因もきっと。
私は、誰かを救うどころか、殺したんだ。


「覚えてないだろうけど、萌香は失踪中私をここに一度呼び出してる」


「え…?」


「あんたが記憶をなくしたのは、カヨラを頼ったから。そして、記憶をなくす前にこうやってナイフを私に突きつけて脅したの」


「っ」


彼女の手には何も持たれていない。
私の首元にあたるサラの手が冷たくて、何も思い出せないのにその情景が頭の中に浮かんだ。


「広菜の存在を、消せ。すべてをなかったことにして」

「…そんな、こと」


「萌香は私にそう言ったの」


サラの手が私から離れて、私はずるずると地面に体を落とした。

胃液のようなものが込み上げてきて、私は手で口元を抑える。
しゃがんで私の顔を覗きこんだサラがいつもの笑みを浮かべる。


「あんたは、悪魔だったよ

良かったね、真実が知れて」



囁くようにそう言って、サラは美術室から出ていった。
私は、満尾広菜さんにどんなことを浴びせて、どんなひどいことをして、どんな追い詰め方をしたのか。
満尾広菜さんが死んで、その責任が私にまわることを恐れた私がとった行動は、どう足掻いても善良な人間がやることじゃない。

ーーー何が、誰かを救うために自分の記憶を調べる、だ。

自分の目から溢れ出て、床に落ちた涙さえ汚くみえた。


「うっ…」


込み上げてくる憎悪から吐き気に変わって、私は地面に這いつくばった。

そうか。


「うああああああああ!!!」



私は、悪魔だったんだ。