結局私は、絵と誰かがやりとりしていたであろう手紙、それから真由の写真を詰め込めるだけカバンに詰め込んだ。
逃げたいのに、自分でもなんでこんなことをしているのか分からなかった。
だけど、私の友達は何かを隠している。それだけは分かった。
あと、みつおひろなさんという元生徒のことも調べないと。あの3人はおそらく知っていたとしてもこれ以上は話さないだろう。
あとは、先生や学年を違えば上や下の学年の人にも話を聞かないといけない。
ふと、足を止めた。
ーーーわたし、何やっているんだろう、と。
そして首を横に振る。
泉さんに脅されているようなものだ。
やらざるを得ないじゃない。
私自身のこと、失踪後亡くなったみつおひろなのこと、そして泉さんの妹さんの行方。
顔を上げれば、行先が地面からでてくる熱によって揺れている。
あれを、『陽炎』と教えてくれたのは誰だったんだっけ。
「お願いっ娘を返して!!話をさせてちょうだい!!」
聞こえた悲痛な叫びに私は我にかえる。
声の方に顔を向ければ40〜50代程の女の人が、スーツの男の人に声を荒げていた。
男の人の腕をつかんだが、押しのけるようにして歩き出したため女の人の体が地面に倒れる。
「娘を返してください、最後に貴方に会ったのは分かってるんです、お願い、お願いしますっ」
「私は本当に何も知りません」
「私があの子に勉強勉強と言っていたのは悪かったです!でも愛情をもって育ててきたんです!
あなたたちは、こんなので人の心を揺さぶって、誘拐して、こんなの…」
地面に跪き泣き喚く女の人。
男の人は周りの目を気にするように、しゃがんだ。
そして女の人の肩に手を置く。
「誘拐だなんて人聞きが悪い。僕たちは人助けをしているだけだ。それに娘さん、10代の頃からうちに通ってましたよ。
…よっぽど嫌なことばかりだったんでしょうねえ」
駆け寄ってすぐに聞こえたのはそんな男の人の囁くような声だった。
絶望の顔をみせて、何も言えなくなった女の人は片手に持っている大きめの白い封筒握りしめる。
何が起きているのか分からなかったけれど、私はやっとの思いで声をだした。
「警察、呼んだ方がいいですか」
男の人が顔をあげて、少し慌てたように女の人から手をどき立ち上がった。
薄い紫色のチェーンブレスレットが一瞬みえて袖に隠れた。
「…では、私はこれで」
あくまで冷静を保っているつもりなのか、仮面のような笑顔をこちらにむけて歩き出した男の人。
私は地面に顔を埋めて泣いている女の人に声をかけた。
「あの、大丈夫ですか」
しばらく返答はなかったものの、数十秒して「はい」と掠れた声が返ってくる。
「立てますか」
「…はい」
女の人の腕をとって、よろける体をなんとか支えながら立ち上がる。みえた女の人の目は泣き腫らしていて、目の下にはくまが見える。
そういえば、泉さんもくまがあった。
大切な人がいなくなれば、誰だってこうなってしまう。
では、私のこのくまの原因であるあの夢は『大切』に関係しているものなんだろうか。そんな綺麗なものより、どす黒く、悲痛な叫びと、憎しみで、いつか殺されるんじゃないかと何度も思った。
忘れてしまった私への『呪い』のようなものなんだろうか。
「あの、それって」
女の人の手に持っているそれを指差せば、女の人は鼻を啜り上げながら両手に抱えて首を横に振る。
「なんでもないのよ、ごめんなさいね」
握られた隙間からみえたのは会社の名前だろうか、『カ』というカタカナだけみえた。
「娘さん、いなくなったんですか」
私の質問に女の人はまた顔を歪ませて泣きはじめてしまう。見ず知らずの人にこんなことを聞かれていい気持ちをするはずがなかった。
「すみません」と言葉をもらした。
「大丈夫よ、娘が生きてるってことが分かったからもういいわ。私は幸せにしてあげられなかったから、どこかで私なんか忘れて幸せになってくれてるといいけど」
本心ではない。
はやく帰ってきた娘さんを抱きしめたいんだろうな。
鼻がつんと痛んで視界に水がたまる。
私は、帰ってきたけれど、待っている人たちはこんなに辛い思いをしている。私もきっとこんな気持ちにさせていたんだろう。
そして、妹さんを探している泉さんだって。
「じゃあ、私行くわね、助けてくれてありがとう。あなたも気をつけて帰るのよ」
「…はい」
その小さく丸まった背中を眺めて私は拳をぎゅっと握る。力になってあげたい。
ーーーもしかしたら、何か繋がりがあるかもしれない。
その背中を追いかけようとしたが、
「人助けする前に、俺を助けろよ立見萌香」
後ろから聞こえたその声に私は足を止めて振り返る。
「泉さん」
「なんか分かったか、『みつおひろな』について」