「でさでさ、パパがこれ買ってくれたんだけど」

「サラ、その『パパ』ってどっちのパパよ」

「何言ってんの真由!私はそういうのやってないから!私のお父さん!実の!」

「分かってるよ冗談冗談!」


ケラケラと笑っている彼女たちをみて私も無理矢理に口角をあげて笑った。
目の前に出されているコーヒーに何杯もの砂糖を入れた。
私、前もこういう感じで無理に笑って、取り繕うように生きてたっけ。
自分がどんな顔をして笑っていたのかもよく分からない。

先ほどの泉さんのやりとりもあり私の頭の中は混乱していた。

まず、私は失踪して記憶をなくした。
なんで失踪したか、失踪中のこと、そしてどこまでかよく分からないけれど記憶の一部を無くしている。

今、相次いで起こっている失踪事件は、SNSやニュースなどで関連性を疑われ話題になっているだけで、実際はほとんどが失踪前に家出の意思を誰かしらに伝えているらしく、事件性を疑われていることは少ないと泉さんは言っていた。

私は、この一連の騒動に関係しているのか否か、それすらも分からないけれど記憶をなくしていることや思い出せない誰かの存在についてひっかかっていることはある。

泉さんのこじつけもいいところだけど、本当に繋がっているとしたら、私の記憶が泉さんの妹さんの失踪も何か関わりがあるかもしれないということだ。

ーー泉さんの妹は失踪後殺されてるかもしれなくて、誰かは、


「ねえ萌香」


「え?」


サラは頬杖をついて私をみた。
彼女がストローで触れた氷が、カラン、と音を立てる。


「ご、ごめん、きいてなかった」


「本当に大丈夫?さっきの人は結局誰だったの」


手のつけられていないチーズケーキをフォークでひとかけらすくった。
全く美味しく感じないそれを機械的に咀嚼して飲み込んだ。「美味しい」と言ってへらりと笑う。


「フリーライターの人、だった」

「フリーライター?」

サラが頬に添えていた手を離して前のめりになる。
私の目の前に座って静かにアイスコーヒーを飲んでいた晴美が顔を上げた。

「記者ってことだよね、失踪のこと聞きにきたの?」

晴美の言葉に私は小さく頷く。
彼から調べてほしいと言われた、「みつおひろな」のこともしかしたら彼女たちなら。


「私の失踪のこともなんだけど、『みつお ひろな』さんのこともきかれた」


明らかに、雰囲気が変わった。
晴美は視線を下に向け、真由は困惑を誤魔化すかのように小さく小さく切って食べていたタルトの残りを全て口の中に入れる。
何も表情が変わらなかったのはサラだけだ。


「誰?みつお ひろなって」


「元生徒だったんだけど、失踪前に退学してるって。私との関連も調べてる」


サラは「はあ?」と顔を歪めて、そして嘲るような笑みを浮かべた。


「なんでもかんでも事件みたいに扱えば、世間が注目してくれるって安直な考えよね、さすがフリーの記者よ」


「で、でも、私記憶ないし、本当に関連があったら?」


「あってもなくても、萌香はこうやって生きて帰ってきて今楽しく暮らしてるじゃん、いいんだよそれで!

だいたい、失踪者なんてこの世の中に何人いると思ってんの?いちいちそれの関連性調べてても埒明かないって」


「でもその子、失踪したあと、」


遮るように口を開いたのは真由だった。


「記者ってさ、人の心ないよね、私たちみたいな10代の女子高生前にして、傷ついてようがなんだろうがそうやって取材に来るんでしょ、さっさと追っ払ってやればいいのに」


真由が顔を顰めてそう言った。
その言葉に同意するようにサラと晴美も数回頷く。
人の心がない。まあ、そうだろう。あの人にとって私の心などはどうでもいいことは確かだ。
私が妹さんの失踪の手掛かりになると思って『必死』なのだということはいやでも分かる。

ふと、泉さんが私に見せた脅迫文のようなものを思い出した。

ーーーお前の妹は殺した。陽炎の中に、眠る。


なぜ、『陽炎』という言葉にひっかかるの。

私自身が泉さんの妹さんの失踪と自分自身の失踪と関連付けするように思考が動いているみたいですごく気持ちが悪くなった。


「それにさ、みつおひろな?って人、私たちは知らない。学年も違ったんじゃない?」


「そうなのかな」


サラはパン、と両手を叩いた。「さ、この話終わりね!恋バナしよ!」と無邪気に笑う。

私は頷いた。

甘ったるいコーヒーを飲んで、私は『平穏』の仮面を被った。