「今日さ、最近近くにできたカフェ行かない?」


帰りのホームルームが終わり立ち上がった私の元に駆け寄ってきたサラがそう言う。

サラの言葉に反応した真由、晴美が「いいね、行こう」と私とサラに近づく。
私は「うん」と返事をすれば、彼女たちは嬉しそうに笑う。何も、何も変わらない。きっと大丈夫だ。

「何食べようか」と盛り上がりながら歩き始めた彼女たちに私も駆け足で着いていった。


教室を出てしばらく歩いていると、隣に並んでいたサラが不思議そうに顔を覗き込んだ。


「元気ない?萌香」


「え?」


「なんかあんまり喋らないし、そういえば今日お昼休みのあとの授業いなかったけど何かあったの?」


話したい。話したいけど、言葉に出してしまえば未知という名の闇のスイッチを押してしまうような気がした。
彼女たちは、何か知っているんだろうか。


「何もないよ!体調悪くて保健室にいたの」


「そうだったんだ、大丈夫なの?今日無理に付き合わなくてもいいからね、そういう時ちゃんと言ってね」


サラの言葉に少し心が痛む。些細な嘘なのに、なんでこう罪悪感に苛まれているのか分からない。


「え、萌香体調悪いの?大丈夫?」

前を歩いていた晴美が振り返った。
真由も心配そうな表情で私を見つめている。

慌てて首を横に振った。


「今は全然大丈夫だよ!私もね、近くにできたカフェ行ってみたかったのっ、楽しみだな」


無理やり上げた口角。本心を探られてしまわないか不安になったけれど、彼女たちは安堵の表情に変わった。
大事な友達に心配をさせたくない、そんな気持ちなんだろうと思う。だって、失踪中彼女たちは私のことをとても心配してくれていたということは、失踪後はじめて教室に入ってきた時の彼女たちの表情を見て伝わってきていた。

ーーーでも。

と、ポケットからスマホを取り出す。
失踪後、私のメッセージアプリは削除されており誰とのやりとりも履歴が見れなくなっていた。

記憶の中ではサラたちの楽しくメッセージをしていたような思い出があるけれど、それが残っていないのが不安をよぎらせた。

ーーー『嫌な記憶の細胞群だけを刺激して楽しい記憶に上書させる実験は、実際おこなわれて、成功してる』

不安は、誰かのそんな何気ない言葉で一気に増幅する。

大事な友達を疑うなんて、そんなことはできない。
分かっている。

ちゃんと分かっている。


「ねえ」


学校の門。3人は私より先に一歩外へ出ている。私が声を放てば彼女たちが振り返った。


「どうしたの?」

サラが不思議そうに首を傾げる。
あなたが不安になるような事実は何もないよ、とそう証明してほしい。ただそれだけ。


「私の隣に、誰かもう1人友達っていたかな」


「…どうしたの急に」


サラの声が少し低くなった気がした。
何を言っているのか、よく分からない、そう言いたげだった。
自分自身でもおかしなことを言っているのは分かっている。


「なんかね、失踪中だけの記憶じゃなくて、何か、大事なことも忘れてる気がするの」


「萌香」


私の言葉をきいて、晴美が私の名を呼んで学校と外の境界線を一歩戻って私に近づこうとするがそれをサラが片手で止めて遮ったあといつもの笑顔を私に向けた。


「萌香は、まだ失踪してから時間がたってないから混乱してるんだと思うよ」


「…そう、なのかな」


「もう1人の友達って、いまいちどういうことか分からないんだけど、私たち3人の他に誰か仲のいい友達がいたかもって、そういうこと?」


「うん」


「学校内にはたぶん私たちの他にはいなかったよ、ずっと一緒に行動してたし…学校の外だとしたら私たちもよく分からないけど、もしかしたら他の学校とかそういう感じの友達ならいたんじゃない?」


でも、休み時間に助けた先輩は一度学校内で助けている。
私は口ごもりながら「でも」と声をもらす。


「何かひっかかることがあるなら、協力するよ萌香」


サラはそう言った。
善意で言ってくれていることは分かっている。
私は笑って首を横に振った。
「大丈夫」と。

誰よりも不安そうな顔をしている晴美が少し気になるけれど、目を逸らした。
一歩、『今』を生きるために踏み出す。

「ありがとう、はやく行こう」と明るい声を出して歩き始めたが、門の横からゆっくりと歩いてきている人物を視界にいれて思わず足を止めた。


「立見萌香」


「な、なんで」


もう二度と目の前には現れないだろうと思っていた『泉 すぐる』だ。


「誰、萌香、知り合い?」


サラが不思議そうにそう問う。この男はまた話をするためにここまで来たのだろう。学校まできたということはそれ相応の覚悟できたんだと思う。

こわいけど、あの時みたいに追いかけられたくないし。



「ごめん、みんな先に行ってて」