異世界ハーブ店、始めました。〜ハーブの効き目が規格外なのは、気のせいでしょうか〜

 一角兎が僅かに態勢を低くした。また、飛び跳ねようとしている、そう思った時にはすでに宙にいた。太陽を背に黒いシルエットが頭上から降ってくる。
(二人を助けなきゃ)
 この場にいる大人は自分だけ。
 しかも森に誘ったのはミオなのだ。
 ミオはサザリンの肩を力いっぱい押し飛ばし一角兎の軌道の外へ。次いで自分も走り逃げようとするも、それより早く目の前に一角兎の顔が現れた。着地の振動で地面が跳ねる。
 鼻先三寸、とはこのことか。
 自分の顔の何倍もある頭部。
 濡れた鼻先からは荒々しい息が漏れ、獣特融の生臭い匂いが鼻をつく。
 大きな口から覗くのは、鋭い二本の前歯。斧のように鋭く分厚いそれに血の気が一気に失せた。
(もう無理!)
 丸い瞳は真っ赤な血に濡れたようで、その視線から逃れたく両手で頭を覆いしゃがみこむ。同時に頭上を一角兎の前足がかすめた。偶然にして危機一髪。あんなの喰らっていたら即死だ。
 腰が抜けた態勢で見上げると、一角兎はさらに大きく感じる。もう立つこともできず、しりもちをついたままずりずりと後退するも、今度は伸びた蔦が足に絡まってしまう。
「サザリン様、ベニーを連れて早く逃げて!!」
 視界の端に移った二人にありったけの声で叫んだ瞬間。
 大きく口を開けた一角兎の喉の奥が見えた。
 もはや、ここまで、そう思い目を瞑った刹那、様々な光景が頭をよぎった。
 居場所のない生活。
 預けられた施設。
 いじめられ帰ってきたミオに施設長が入れてくれたあったかいハーブティー。
 ミオの頭を撫でた皺くちゃの手。
 すっかり忘れていたあの日の温もり。
 ハーブティーを初めて飲んだ時に感じた優しさ。
(これが走馬灯か……)
 ミオは覚悟を決めた。せめて二人が逃げのびてくれることを願う。
 それなのに、いつまでたっても痛みは来ない。
 どうしたのだろう、と恐る恐る目を開けたその先。
 見慣れた背中が剣を手にし目の前にあった。
「ジーク!!」
「もう大丈夫だ。そのままそこにいて」
 ミオを背に庇い両手で剣を構え、しかし視線は一角兎から外すことはない。
 ジークは、ザッと地面を蹴ると次の瞬間にはトップスピードに達し、一角兎の懐へと飛びかかる。いや違う。突進するように見せかけ敵が身構えたのを確認すると、数歩手前で横に飛んだ。