納得できないことだらけだけれど、屋敷の主が出て行けと言うのだから仕方ない。
 マーガレットも夫を説得するのは難しいと思ったのだろう、申し訳なさそうに眉を下げ口をぎゅっと結んだ。それでも。
「彼女に手荒なことはしないで。ミオさん、突然お呼びたてした上にこんなことになってしまい申し訳ありません」
「いえ、お気に入なさらず。無理はなさらず、元気なお子様を産んでください」
 申し訳なさそうに頭を下げるマーガレットに、ミオも礼をする。護衛騎士はやんわりとミオを促し、失礼のない態度で玄関まで案内してくれた。

 坂を下り噴水の前までくると、辻馬車の停留所に置かれたベンチに腰掛けた。
 はぁ、と大きなため息を一つ吐き、ぐったりとベンチによりかかる。
(領主様は『神の気まぐれ』に頼まれてハーブを管理しているって言っていたわね)
 カーサスの言う『神の気まぐれ』とは誰のことなのだろう。
(ハーブの存在を知っていた。でも人を害する物だと思っている)
 いったいどういうことなのか。
 考えてもちっとも答えに辿りつきそうにない。
 時計を見れば辻馬車が来るのはあと一時間後、歩いて帰ろうかとこれまた迷う。
 気が抜け、考え疲れ座っていると、辻馬車が一台目の前に留まった。時間にルーズとはいえあまりにも早すぎないか、と見ればいつもと馬車の色が違う。いつものダークブラウンよりやや明るい。
 扉が開いて数人降りてきた中に、見知った顔を見つけミオはあっと小さく呟いた。
 向こうもミオに気づいたようで長いまつ毛をパチパチさせ、当たり前のようにミオの隣に腰かける。
「ミオ、どうしたの、町に買い物?」
「そういうわけではないんだけれど、リズこそどうしたの? 今日はお店、休みでしょう?」
「そうよ。だから南にある村に蒸溜酒を仕入れに行ってきたの。とっても美味しいのだけれど遠いのよね」
 見慣れない辻馬車はその村とこの町をつなぐ交通手段らしい。見れば背中に背負ったリュックは膨らみ、底がもう限界だとばかりに重みでたゆんでいる。今にも抜けそうだ。
 いつもと全く変わらない、精悍にも柔和にも見える微笑み。
 張り詰めていたミオの気持ちがゆるゆると緩み、知らず涙が頬を伝った。
 慌ててて髪をかき上げる振りで胡麻化そうとしたけれど、当然うまくはいかず。
「何かあったの」