馬車はまっすぐ町へと向かい、見覚えのある大きな噴水の前で曲がると、緩やかな坂を登り始めた。坂の両橋にはオイルランプがあり、門構えの大きな店が軒を連ねる。
 目の前に現れたのは石を綺麗に積み上げアーチ状にした門。馬車はそこを潜ると、多彩な花々が咲き誇る庭を進み、大きな屋敷の前で止まった。赤銅色の煉瓦で造られた三階建ての大きな屋敷。それでも重苦しい雰囲気がしないのは開け放たれた出窓に揺れる白いレースのカーテンのせいだろう。屋敷の中まで日差しや風が届いていそうだ。
「こちらでございます」
 マーラが扉を開けると小さな男の子が走り寄ってきた。ニコニコ笑顔でミオを見上げるとペコリと頭を下げる。
「『神の気まぐれ』この前は助けてくれてありがとう」
「いいえ、私は大したことはしていません。それからベニー坊ちゃん、私はミオと言います。良ければ名前で呼んでください、マーラさんもお願いします」
「分かった! ミオだね」
 無邪気な笑顔にミオの頬も緩む。ついでにあの二つ名で呼ばれないことにほっとする。 
 ベニーはミオの手を引き、玄関ホールの正面に伸びる階段を登っていく。階段は大理石だろうか、白く光沢がある四角い石が整然と並んでいた。
 二階に着くと、ずんずんと廊下を進み茶色の扉の前で止まると勢いよく開けた。
「お母様、お連れしたよ!」
「あらあら、ノックもしないで。申し訳ありません」
 ソファから立ち上がったのは明るい茶色の髪をゆったりと纏めた女性。明らかにミオより年下に見える。
「初めまして、ミオと申します。町から少し離れた場所でハーブティーのカフェをしています」
「わざわざ来て頂き申し訳ありません。こちらからお礼に伺いたかったのですが、最近馬車酔いが酷くご足労願いました」
 そう言ってふっくらとしたお腹に手を当てた。臨月とまではいかないけれど、充分目立つ大きさ。悪阻の時期は過ぎたけれど、お腹が大きくなって胃を圧迫するから乗り物酔いが酷くなった、と仕事仲間が言っていたことを思い出す。
(そうなると、この人にいいハーブティーは……)
 持ってきたハーブのうちいくつかは除外し、残りのものから何が良いかと考える。事前に教えてくれていれば、選ぶハーブも違っていたのに、と思わなくもない。