5. 次は領主様のお屋敷へ出張販売

 騎士団に軟膏薬を届けてから約一週間。
 ランチの時間も終わり店を閉めようとした頃、店の前で蹄と車両の音がした。ミオは時計を見るも、辻馬車が通る時間ではない。はて、と首を傾げたところにカラリ、とドアベルがなった。
「いらっしゃいませ」
「あの、こちらに『神の気まぐれ』様がいらっしゃると聞いたのですが……」
 その呼び方に怯みつつ見れば、見たことがある侍女服姿の女性が立っている。町で見つけた迷子を届けた詰所にいたマーラだ。
 マーラもミオの顔を覚えていたようで、近くまでくると頭を下げた。
「あの時はお世話になりありがとうございます。衛兵からベニー坊ちゃまを助けて下さったのは『神の気まぐれ』様と聞き、改めてお礼をお伝えしに参りました」
「それはわざわざありがとうございます」
 ミオははどうして私だと分かったのだろうと、不思議に思うも、それにはちゃんと理由がある。
 一週間前、ミオを送り届けたジークがその足で町の詰所に行くと、そこにいたのは迷子騒ぎの時にいた衛兵。彼に「あの時一緒にいた女性は誰だ、傷が塞がったのはどういうことか」と聞かれ、素直なジークはやはり素直に答えた。
 衛兵の雇い主は領主。その話が領主の妻の耳に届き、こうしてマーラがやってきたのだ。
「それで、もし宜しければ今から屋敷に来ていただけませんでしょうか。奥様が直接坊ちゃまを助けて頂いたお礼をしたいと申しております。それから、ハーブティーの話を耳にされ、是非飲んでみたいと仰っておりまして」
 今から領主様のお屋敷。ミオとしては心の準備も何もあったものではない。
(でも、騎士団の近くにある森は領主様のもの、うまく頼めば少しぐらい森でハーブを摂るのを許して貰えるかも知れない)
 今日はリズのお店は定休日、ジークも昨日来たからもう誰も訪ねてこないはず。ここは思い切って行ってみよう、そう決めた。
 ハーブを飲みたいということなので、ティポットと飲みやすいハーブをいくつかバスケットに詰める。カップや砂糖は領主のお屋敷にあるのでそれを借りることに。
 他所行きの紺色のワンピースを久々に引っ張り出し、パンプスを履き、ミオはマーラと一緒に領主の家へと向かった。