老騎士は先に立ち、「ささ、こっちです」と案内してくれた。背中がウキウキしている。騎士寮の外廊下を歩き、渡り廊下の向こうにある平屋の真ん中ほどにある扉の前で立ち止まりノックした。
「ドイル隊長、『神の気まぐれ』様をお連れ致しました」
 様までつけられ、ミオは下を向く。実に居た堪れない。扉が開かれ出向かえてくれたのは意外なことにジークだった。
「いらっしゃい。一人で辻馬車に乗れたみたいだね」
「ええ。それよりどうしてジークがここに?」
「ドイル隊長に呼ばれたんだ。ヤロウ軟膏を作るのを手伝っているし、その効き目を唯一知っている騎士だからだそうだ」
 ジークに案内され中に入ると、正面の執務机に座っていたドイルが立ち上がり、傍にあるソファーに腰掛けるよう勧めてきた。缶が入ったカバンを膝に乗せ座ると、向かい側にドイルが座りその後ろにジークが立つ。
「わざわざよく来てくれた。不躾な注文に応じてくれたこと改めて感謝する」
「いえいえ、そんな。国境も一度見てみたかったのでいい機会です」
 ミオはさっそく鞄から缶を取り出しテーブルに置く。そのうちの一つを手に取り、蓋を開けるとドイルに手渡した。
「これがヤロウ軟膏です。十個作ってまいりました」
「うむ」
 ドイルは受け取ると鼻先につけ匂いを嗅ぐ。それから指先で軟膏を掬うと、感触を確かめるように指を擦り合わせる。
「これを患部に塗ればよいのか」
「はい。それから軟膏をたっぷり塗った布を当てて固定するのも良いかもしれません」
 迷子になったベニーを思い出しながら提案する。根拠はないけれど、ただ塗るより効果がありそうな気がした。
 ドイルはしばらくそれを見ると、おもむろに腰から短剣を抜く。ミオが「あっ」とデジャブを感じる間もなく、短剣を口で咥え自分の手の甲をきる。赤い筋が手の甲を流れた。
(どうしてこの世界の人は簡単に刃物で自分を傷つけられるの?)
 やはり痛覚が違うのだろうか。ドイルは平然として眉一つ動かすことなく、ジークに傷口を見せ軟膏を塗るように命じる。傷が深さ数ミリ程度だったこともあり、塗った瞬間に傷は跡形もなく癒えた。
「これはすごい! まさかここまで即効性があるとは思わなかった」
「今のは浅い傷だったからだと思います。でも、軟膏にしても効き目が変わらずほっとしました」