時々聞きこえる家畜の声は、牛や豚ということにしておこう。
 村の外れで夫婦は降り、小川を越えると今度は森に入った。鬱蒼と木が生い茂り、葉がトンネルのように伸びるそこは少し薄暗い。
 でも、だからといってミオが見間違えるはずがない。
「えっっ!!」
 思わず立ち上がり、窓を開け上半身を乗り出す。
 少し冷んやりした風と、森特有の濃い緑の匂いが鼻をくすぐる。
「あれは……リンデン?」
 道から少し奥に入ったところにある背の高い木。クリーム色の花はハーブティーでもよく使われるリンデンの花のように見えた。
「この国にもハーブはある?」
 ミオはそのままじっと森を見続ける。窓枠を握る手にぎゅっと力が入った。
 でも、あたりに民家がないせいか馬車は急にスピードを上げた。次から次へと目の前を流れる緑、この状況で草とハーブを見極めるのは至難の業。
 それでもと、必死で目を凝らしていたけれど、ハーブを見つける前に森を抜け出てしまった。
 森を抜けると草原が広がり、道のずっと先に石を積み重ねた壁が見えてきた。五メートルほどの高さでぐるりと周りを囲っている。国境だ。
 馬車はその手前でぐっと右に曲がり小高い丘を登り始めた。進むにつれ丘の天辺にある茶色い屋根が見えてくる、騎士が暮らす寄宿舎だ。その横には平屋建ての建物、厩舎と続く。
 馬車が寄宿舎の少し手前にある木製の小屋の前で止まったので、降りて御者に大銅貨ニ枚を渡す。
 やけにじろじろ見られている気がしないでもないけれど、そこは気づかない振りで礼を言った。
 この後、御者は「神の気まぐれ」を乗せたと同僚や家族に自慢するのだが、それはミオが預かり知らぬこと。
 馬車が立ち去ると、ミオは小屋へと向かった。騎士団への面会の受付はここですると事前に聞いている。
「すみません、ドイル隊長に会いに来たのですが」
「はい、お伺いしております。あなたが『神のきまぐれ』ですか」
 途端、キラキラした目を向けられミオは数歩後ずさる。受付の老騎士は何やら期待をこめて見てくるけれど、そんな目で見ないで欲しい。
(前回、前々回の『神のきまぐれ』が凄すぎて、申し訳なくなってくる)
 食糧難を救い、生活様式を劇的に変えた先代達の偉業を有難く教授しつつも、プレッシャーが凄い。