ジークの手が止まり、半目でミオを見てくる。
「ミオ、俺は子供じゃない」
「分かってる。成人してるものね」
 まだ根に持っていたのかと、ミオは苦笑いを漏らす。でも、成人したといえ一回り下は子供にしか思えない。ちなみに、リズはミオの勘違いに気付きながらも、面白そうだからとまだ年齢の数え方の違いについて教えていない。
「バジルにも何か効果はあるのか?」
「あるわよ。気持ちを鎮めたり、食欲不振や消化を助けるわ。ハーブティーより料理に使われる方が多いかも」
 もちろんこの料理に「神の気まぐれ」の力は使っていない。あくまでハーブがもつ純粋な効用の範囲でのこと。
「そう言われると、気持ちが落ち着いてきたかも。さっきリズさんに言われた事が気にならなくなってきた」
 単純にもほどがある。
 こいつ、絶対いつか女に騙される、ミオはそう思った。

 ヤロウ軟膏を作った次の日。
 ミオの朝はいつも通りに忙しい。顔色の悪いおじさんにハーブティーを出し、その傍らで明日の朝の仕込みもこなす。
 ランチタイムも無事終わり、パンを捏ねると二階に上がり手早く用意をした。
(魔物……)
 そいつの存在はどうやっても気になる。野放しの肉食獣に会いに行くよりたちが悪いのではと思う。
(いざとなったら逃げれるように)
 ジーパンはそのままに、汗をかいたTシャツを脱ぎ襟のついたストライプシャツに着替える。仕事として伺うにはラフすぎる格好だけれど、ジャケットは不似合いな気がしてやめておいた。
 一階に降りると、スープを水筒に入れパンを片手に店先に出る。通勤ラッシュ時はともかく、この時間の辻馬車は御者の気分次第か、と突っ込みたくなるぐらい時間にルーズだ。
 馬止めの杭に腰掛け食事をしながら待つこと十五分、やってきた辻馬車に手を上げ乗り込む。先客は老夫婦一組だけ、やはり昼間は客が少ないようだ。
 辻馬車はポクポクと長閑な音を立て、しかし、その音に似合わぬ速さで進む。すぐに左側に緑の屋根の平屋が見えた、リズの家だ。家の横の小屋の中では大きな鶏が羽をばたつかせていた。
 馬車は進み続け、緑のトンネルを抜けると村に辿り着く。畑の中にポツポツと家があるそこは、庭と畑の境界線が曖昧。よく熟れたトマトやナス、木には蜜柑やリンゴがなっていて、軒下には野菜らしきものが吊り下げられていた。