(蜜蝋選びには必要なかったけれど、持ってきてよかった。確か揉むのよね)
 こんな感じかな、とハンカチにヤロウを包みつまみ洗いをするようにこすってみる。(傷口が治りますように)と願うとハンカチ越しでかろうじてわかる程度に金色に輝いた。
「ジーク、子供を噴水まで運んでくれる?」
「分かった」
 ジークは子供を軽々と抱え運ぶと、噴水の縁に座らせた。ミオは噴水の水を掬い傷口を洗うと、揉まれてつぶれたヤロウの葉ごとハンカチを傷口に当てて膝の後ろでぎゅっと結ぶ。ヤロウでの汁で緑に染まったハンカチに血が滲んだ。
「さっきの葉っぱは何?」
「傷口を治すハーブよ」
「お姉さん、お医者様?」
「違うけれど、きっともう大丈夫よ」
 まだ不安そうにしている少年に、ジークは「俺もそのハーブで傷を治してもらった」と言うとズボンを捲り怪我をしていた箇所を指さす。
「ほらな、すっかり治っているだろう?」
「お兄さんもいっぱい血が出た?」
「ああ」
「僕より?」
「うん」
「泣いた?」
 鼻をぐずぐずさせ、再び泣きそうになる少年をジークはひょいと縦抱きにする。
「泣かないよ、君も男だろう、もう泣かない。衛兵の詰め所まで連れていってやるよ」
 よしよしと背中をポンポンする姿は実に手慣れている。そういえば六人兄弟って言っていたっけ、とミオは感心しながらその様子を見た。
 ジークが持っていた紙袋をミオが抱え、ジークの案内で詰所のある場所へと向かうことに。
「すみません、迷子を見つけた……」
「ベニー坊ちゃま!!」
 詰所にある椅子に座ってこちらに背を向けていた女性が、ジークの言葉途中に振り返りバッと走り寄ってきた。顔は青ざめ目は真っ赤だ。
「ベニー坊っちゃま! ご無事で良かったです。今までどこにいらしたのですか?」
「マーラ、ごめん」
「私は、もしや人攫いに会われたのではと気が気ではなく。今、御者が奥様に坊ちゃまがいなくなったことを伝えにいきましたので、まもなくこちらに来られると思います」
「うっ、お母様に会いたい……」
 母の顔を思い浮かべ、再び泣きそうになったところで、マーラの視線がやっと二人に向けられた。ジークは軽く頭を下げながらベニーを降ろす。
「噴水の近くで泣いていたので連れてきました。俺は国境騎士団に所属するジークと申します」