「ありがとう。あっ、さっき私の分のお金も払ってくれていたわよね。これ」
 そう言って小銀貨を渡すもジークは受け取らない。それどころかどこか不満そう。
「ミオ、俺は騎士として働いているしまして子供じゃない」
「でも……」
「いいから。それよりまずどこに行く?」
 男の子と言われたことをまだ根に持っている。でも、そんなジークの気持ちを知らないミオは戸惑いつつ渋々銀貨を財布に戻した。
「食べ物はあとにしたいから、缶か瓶を取り扱っているお店に行きたいわ」
「じや、南の区域に行こう。ちょっと歩くけれど大丈夫?」
「うん」
 歩くことになりそうなのでスニーカーを履いてきた。それにせっかく来たのだからいろいろ見てみたい。
 石畳の道は整備されているけれど、石の角がかけていたり石自体にヒビが入っているものも。田舎町の領主の懐ではそこまで修理が間に合っていないようだ。
 でも、町はこぢんまりとしてはいるけれど活気はある。
(一階建てか二階建ての建物がほとんど。壁は薄いベージュか白で、とんがり屋根は赤茶けたオレンジ色が一番多いけれど青や緑もある)
 庭は木々が青々とした葉を茂らせ、花壇には初夏の花が咲いている。長閑で温かみのあるこの景色にどこか既視感があって、はて、と考え思い至った。
「魔女が居候しているパン屋がありそうな町ね」
 今度はジークが首を傾げる。パン屋ならあるけど、と言うので、ミオはクスクス笑いながら「帰りに寄りたい」と頼む。
 話しながら歩く二人の前を黒猫がよぎった。

 十五分ほど歩き噴水まで来たところで南へと向かう。三つ目の角を曲がり細い道に入ると、小さな店が軒を連ねる通りに出た。どの店も軒先に棚や木箱を置き、その上に商品を陳列していた。値段らしき札も貼られている。
「ジーク、今更なのだけれど私文字が読めないの」
「そうか。でも、話す言葉ば分かるんだよね。今日は俺が代わりに読むけど、簡単な文字や数字は読めるようになった方がいいな」
「うん、リズに少しずつ教えてもらう」
ミオの返事にジークはむむっと口を尖らすも、ミオが気づくそぶりはない。
「子供向きの絵本を買って帰ろう。数字や、食べ物の絵と一緒に単語が書いてある」
「ぜひ。選んでくれる?」
「もちろん」
 無邪気に喜ぶミオ。「俺も教えるし」と呟く声が届く前に、ミオが声をあげた。
「ジーク、あのお店に入ってもいい?」