しかし川に近づくにつれ、もしかして、と嫌な予感が頭をもたげる。以前はのどかなせせらぎだったのに、今日はやけに囂々激しい音。
「雨が降ったからかしら」
 それでも、ここまで来たのだからと川辺まで向かうと、明らかに水かさが増えていた。しかも流れが強く濁っていて、とてもではないが呑気にランチタイム、という雰囲気ではない。
「川上ではこっちより雨が降ったのかもしれないわね」
 この辺りの地形はまったく分からないので、鉄砲水がきたらひとたまりもない。これは早々に帰った方が無難だと、ミオが踵を返そうとした時、視界の端に倒れている人影が映った。
 えっ、と眉を寄せ再度確認すると、慌ててバスケットを置き駆け出した。近寄るにつれはっきりとするそれは、石の上に覆いかぶさるようにして倒れている男性。かろうじて岸には上がったけれど、そこで力尽きたようだ。
(生きている?)
 見ただけでは息をしているかどうか分からない。指先ひとつ動かすこともないし、うつ伏せなのでその顔も分からない。ただ、着ている服は今朝見た騎士服と同じだ。
「あの、大丈夫ですか?」
 問いかけるも返事はない。ますます生きているのか不安になり、そろそろと手を伸ばし肩を揺すってみる。
「大丈夫ですか? 生きていますか?」
 やはり返事なし。青みがかった銀色の髪がはぐっしょり濡れ、葉や木の枝が髪や体に付着している。脈は打っているのかと首元に手を伸ばすと、指先にドクンドクンと鼓動が伝わってきた。ひとまずほっとするも、触れた肌はびっくりするぐらい冷たい。
 よいしょ、と仰向けにすれば左足の膝下がざっくりと切れ血が流れていた。かなり深い傷のようだ。
「ここじゃ危ないので動かしますよ? 私では持ち上げられないので引っ張ります。痛かったらごめんなさい」
 意識はないと思いつつとりあえず声をかけると、ミオは脇の下に手を入れずりずりと川から少し離れた平らな場所まで引っぱっる。しかし、重い。
 身長もあるし騎士だけに引き締まった体躯をしている。
 途中数度休憩しながら十分ほどかけて運び終えると、ふぅ、と額の汗を拭う。
「えーと。ここから先何をすれば良かったかな」
 ミオの感覚では救急車を呼びたいところだけれど、ここは異世界。自分が何とかするしかない。