「……」
「未来ちゃん」
「…………」
「……未来ちゃんってば」


 私の定期検診の日。ナベの診察室にやってきたものの、私は何一つ言葉を発さなかった。
 私より先に診察を受けていた佐藤先生は、案の定盛大に揉めたらしい。というか、佐藤先生が1人で怒っていたが正解だろうか。その一方でナベは、佐藤先生に対して何も言わなかったらしい。

「……未来ちゃん。血液検査の結果、かなり病気は進行しているよ」
「……」
「こんなこと言いたくないけれど。もう本当に先は長くないかも」

 電子カルテに目を向けて、今日もカタカタとキーボードを打つ。だけど今日のナベは、そう言いながら涙を零していた。医者がそのような態度で良いのか。そう思いながらも、私は言葉を発さない。

 ナベは本当に悲しそうだった。そして「未来ちゃんもだけど、佐藤さんはもっと悪化している」と呟くように言ったのだ。

 ……聞きたく無い。
 佐藤先生がどうかなんて、ナベの口から聞きたくない。それが本音だった。

「未来ちゃん、戸野くんの件は本当に申し訳なかった。やり過ぎたと思っている。でもね、これだけは譲れない。僕は佐藤さんと距離を取って欲しい。そうでないと、本当に、本当に未来ちゃんが傷つくだけだから……!!」
「……」
「後天性の佐藤さんの方が、進行が早いんだよ!!」
「うるさーーいっ!!」
「!!」

 ナベの言葉に耐えられず、つい叫んでしまう。同じ部屋にいた看護師たちも驚き体を硬直させ、みんなが私を見る。涙で目が潤んだままのナベも、酷く驚いたように固まっていた。

「うるさいよ、ナベ。もう、ここまで来たら良いじゃん。私も佐藤先生も悪化しているわけでしょ? なら、もう良いじゃん。死ぬ者同士、仲良くさせてよ」
「でも……っ!!」
「でもじゃない。良いの。前に言ったでしょう。私が死ぬ時、傍に居てねって話している。だけどそれが叶わないと言うのならば、一緒に死ぬ未来も有りだよねって。それに、仮に佐藤先生の方が先に死んでも良い。私は別に傷つかないよ。だって、直ぐに先生の後を追うのだから」

 ゆっくりと椅子から立ち上がり、荷物置き場に置いた鞄を手に取った。そうしてナベの方を見ずに、吐き捨てるように言葉を継ぐ。

「私、佐藤先生と一緒にいる。ナベに何を言われても、戸野くんに邪魔をされても、絶対に離れない」
「……未来、ちゃん……」

 ポロッとまた涙を零したナベは、悲しそうに俯き下を向く。それに対して何も言わずに診察室を後にした。

 しかし、病気が進行しているとは。
 体力の衰えから覚悟はしていたけれど、実際に指摘されると心がざわつく。そして、それ以上に佐藤先生の方が進行していること。その事実にまた、悲しみを覚えた。


 診察室がある東棟から、わかば園のある南棟に戻る途中。普段は気にならないのに、今日は無性に売店が気になった。デカデカと掲げられているポップに目をやり、視界に入ってくる興味深い文字。


【思い出作りに! チェキという選択!】


「……ふーん、チェキね」

 写真を撮ると、その場でフィルムに印刷されて出てくるカメラ。スマホとはまた違うカメラに対して興味が湧いた。

「これがあれば……」

 足早にわかば園へと戻り、ナースステーションに立っていた朱音さんに声を掛ける。挨拶もそこそこに「朱音さん、お金頂戴!」というと、一瞬で怪訝(けげん)そうな顔をされた。

「え……未来、どうしたの」
「朱音さん、そこの売店にチェキの本体が売ってあった」
「チェキ?」
「管理してもらってる私の銀行口座からさ、2万円くらい引き出してきてよ! 私、チェキ欲しい」

 チェキの本体を見て思った。
 いつ消えていくか分からない記憶。それをフィルムとして残しておきたいと思った。学校や病院、わかば園。忘れてしまっても、形に残るように。

 佐藤先生との思い出を、沢山残せるように。

「……ねぇ未来、診察で何かあった?」
「え?」
「私に隠そうとしても無駄よ」
「……」

 深刻そうに呟いた朱音さんを無視して「じゃあ、宜しくね!」とだけ言って部屋に戻る。怪訝そうな顔をしていた朱音さんは「未来!!」と叫んだけれど、その声に反応はしなかった。

 

 後日、用意してもらった2万円を持って売店に向かった。

 ピンクと紫のチェキ本体。
 それを手にした時、何だか妙に希望が見えたような気がした。


「————朱音さーん!」
「未来」

 パタパタと小走りでわかば園に戻り、ナースステーションにいる朱音さんに声をかける。そしてチェキを構えて「朱音さん、ピース!」と声を弾ませる。 朱音さんは「それがチェキか!」と呟いてピースをしてくれた。その隙にシャッターボタンを押すと、ゆっくりと出てくるフィルム。

「すごーい!」
「へぇ、画質も良いんだね」

 本体と一緒に売ってあったフィルムホルダーに、今撮った写真を入れる。記念すべき第1回目は、朱音さん。部屋に戻ったらチェキの余白に詳細を書き込むんだ。

 もし忘れてしまっても、大丈夫なように。


「あ、夏芽さーん!」
「未来ちゃん、おかえり」
「夏芽さんも写真撮らせて!」
「え?」

 驚きつつも、笑顔でピースをしてくれた。
 優しい笑顔の夏芽さんが、フィルムとして出てくる。2枚目の思い出も、フィルムホルダーにそっとしまい込んだ。

「朱音さんが未来ちゃんの口座からお金を下ろしていたのって、それのためか」
「うん、そう。そこの売店に売ってあったから、お願いしたんだ」
「……売店で売るレベルの品じゃないけどなぁ……」
「それは言えてるね」

 不思議そうな夏芽さんに「部屋、戻るね」と告げて歩き始める。

 これから始める思い出作り。
 いずれは通えなくなる学校を中心に写真を撮ろうと決めて、私はチェキを学校の鞄の中に入れた。




 翌日、いつも通り学校に向かうと、何やら教室の雰囲気が違った。
 私が教室に入ると、シーンとなるクラスメイト。「え、何?」と小声で呟くと、戸野くんがゆっくりと近寄って来た。

「森野、おはよう」
「……おはよう?」

 他の人がいる時には絶対話し掛けてこない戸野くん。彼が挨拶してきたことに驚いたが、それ以上にみんながこちらを見ていることに、もっと驚いた。

 私、何かしたっけ……。
 佐藤先生と仲が良くて一部の女子からいじめられている。それ以外に心当たりが無くて、少しだけ恐怖心を抱いた。

「な、何なの本当に……」
「……ごめん、森野。僕、君の病気のことをみんなに話した」
「…………」

 戸野くんの言っていることが、理解できなかった。「ん?」と間抜けな声を漏らし、一生懸命に頭を回転させる。そうして、言われた言葉の意味をやっと頭で理解できた時「はぁ!?」と今度は大きな声が出たのだった。

「どういうこと。え、待って。何でそんなに勝手なことをするの? てか、私が病気ってこと、みんなが知る必要無くない? 何で、何で戸野くんはそんなにも自分勝手なの!? 私のこと、何も考えていないじゃん!」
「ちが……待ってよ!」

 教室に入って数分。溢れ出す怒りを抑えきれなかった私はまた教室を飛び出した。黒い薔薇の時と同じ。また今すぐにでも帰ってやろうと思って職員室に向かう。
 どうして戸野くんは、そんな勝手なことばかり……。私が何の為に友達を作らないようにしていたのか、その気持ちを知りもしないで。



 湧き上がる怒りと苛立ちを隠さずに教室棟を出て、特別教室棟へ向かう。職員室に近付き担任の姿を探していると、扉付近で誰かがぼそぼそっと会話している声が聞こえてきた。

「——佐藤先生、今日は急遽病院でお休みらしいですよ」
「最近、体調が良くないとは言っておられましたよね」
「そうですね。何事も無ければ良いのですが。2年A組のホームルームには、副担任に向かうよう伝えておきます」
「お願いしますね」

 先生2人がこちらに向かってきたら困ると思って、急いで物陰に隠れた。しかし2人とも職員室に入って行ったようで、顔は合わさずに済んだ。

「……病院、休み……」

 どの先生が会話をしていのか分からないけれど、その話を聞いた私は急いで職員室前から走り去った。急遽病院……そんなの、体調が悪化したからとしか考えられない。

 とはいえ、体力も限界に近い私。職員室前から玄関までの僅かな距離で息切れを起こし、ついその場に(うずくま)ってしまう。

「……っ」

 嫌でも実感してしまう衰え。死に向かう体に怒りすら覚える。悔しくて涙を滲ませながらも、私は自身の体に鞭を打ってまた歩き出す。

 急いで学校を後にして、川内(せんだい)総合病院に向かった。
 戸野くんのせいで教室に居たくない……というよりは、今は何よりも佐藤先生の元に向かいたい。率直にそう思った。




「————ナベっ!!」
「……え? 未来ちゃん?」

 東棟にある脳神経内科の外来に向かい彷徨っていると、遠くから歩いてくるナベの姿が目に入った。深刻そうな表情をしていたナベ。私の姿を見つけると、一緒に歩いていた看護師を診察室に帰らせて、ナベ1人が私の元へ近寄ってきた。

「どうしたの、学校は?」
「……ねぇ、ナベ。佐藤先生は?」
「……」
「佐藤先生、来てるよね」
「未来ちゃん……」
「どこなの? 会いたい」

 真剣な眼差しでナベを見つめるも、軽く首を振って拒否される。「患者同士の面会はできない」などと、訳の分からないことを言うナベに、無性に苛立ちを覚え始めた。
 そこまでして私と佐藤先生を引き離したいのか。そう思えば思うほど、苛立ちが抑えきれない。

「未来ちゃんは学校に行きなさい。行ける時に行っておかないと」
「イヤ」
「何でよ」
「……佐藤先生の件は、後から知ったけど。どの道今日はサボる予定だった」
「だから、何で」

 何でって……。大体、ナベが戸野くんに私のことを話したのがきっかけでしょう。戸野くんがクラスメイトに私のことを話したという事実。それをナベにも伝えるかを悩んだ。けれど、言ったところでナベには響かない。
 私にとって、その戸野くんの行動がどれだけ辛いことかなんて、きっとナベには伝わらない。

「…………ナベには、言わない」
「何でよ、未来ちゃん!」
「うるさいな。全てナベのせいなんだから。戸野くんに私のことを話したのが全てだよ」

 話にならない。
 佐藤先生のことも教えてくれないなら、これ以上ナベと話すことはない。スっとUターンをしてナベの前から去り、私はわかば園に戻ることにした。



 わかば園のナースステーションに着くと、朱音さんがギョッとしたような表情で「え、未来!?」と声を上げる。「学校は!?」と二言目にそう言った朱音さんは、パタパタと私の方に駆け寄ってきた。

「朱音さん、ごめんなさい。今日は休む」
「どうしたの?」
「病気のことを知ってる男子にさ、クラス全員にバラされた。私の病気のこと」
「え、何で!?」
「知らない。私が知りたい」

 朱音さんの横を通り過ぎて、機械にカードをかざす。そして、そのまま部屋に戻って行った。
 佐藤先生がこの病院のどこかにいるのに。どこにいるのか分からない。それがまた悔しいし、教えてくれないナベのことが憎い。
 教室に居づらくなった原因を作った戸野くんも。誰も彼もが憎くて堪らない。

 部屋に戻った私は乱暴に鞄を放り投げて、布団に潜り込んだ。もう、学校に行きたくない。今すぐにでも死んでしまいたい。
 他の人からすれば『ただ、病気のことを話されただけじゃん』という感じかもしれない。だけど、私にとってはそうではない。私にとって病気を知られることは、公開処刑と同じ。誰にも知られたくなかった。知っているのは、ナベと佐藤先生だけで、良かった……。



「————もーりの」
「えっ!?」

 暫く布団に潜り込んで考え事をしていると、突然開いた部屋の扉から、私を呼ぶ軽い声が聞こえてきた。その聞き覚えのある声に飛び起きると、ニコニコと微笑んでいる佐藤先生の姿が視界に入った。

「入ってもいい?」
「どうぞっ」

 布団から飛び出して椅子を先生に差し出す。そして自身も椅子に座って先生の顔を見上げた。
 青白い顔で微笑んでいる先生は、少し荒めの呼吸をして、ふぅ……と息を吐き出す。そして「しんどいね」と一言呟いて、鞄を床に置いた。

「先生、どうして私が部屋に居るって知っているのですか」
「……渡邊先生が教えてくれたよ。森野が学校サボってるって」
「……」
「どうしてサボっているのかな~??」
「ふふーん」
「答えなさいっ!」

 腕を伸ばして私の頭に手を置き、わしゃわしゃと髪の毛を撫でられる。その手があまりにもひんやりとしていて驚いたけれど、先生は何も気にしていない様子だった。

 しかし……。ナベが先生に私のことを話したなんて、益々ナベの考えていることが分からない。
 私と先生の仲を引き離したいなら、黙っておくことだってできたはずなのに。

「……森野」
「はい」
「答えないと、筋トレさせるぞ?」
「え、イヤ!!」

 今度は意地の悪そうな顔をした佐藤先生。その表情につい唇を尖らせながらも、私は今朝の出来事をきちんと話した。

 教室に行くと戸野くんが話しかけてきて、そこでクラスメイトに私の病気をカミングアウトしたこと。それが辛くて、悔しくて、その場にいられなくて職員室に向かったこと。そして、そこで佐藤先生がお休みだと知ったということ。それら全てを先生に話した。

 私が話している間、先生はずっと真顔だった。
 何も言わずに固まり、何かを考えているような様子。考える中で何か不満が募っているのだろう……。どんどん眉間に皺が寄る先生が何だか面白くて眺めていると「……戸野、馬鹿だな」と小さく呟いた。

「戸野、大馬鹿だ。今度あいつの眼鏡壊してやる」
「……そういう物騒なのは止めて下さい」

 ふふっと笑うと「笑いごとじゃねぇだろ」と怒り気味の先生。だけど、先生が私のことで怒っているのがまた嬉しくて、やっぱり笑いが止まらない。


「……なぁ、森野。ちょっと外行かない?」
「外?」
「うん。さっき外来駐車場から梅が咲いているのが見えたんだ。多分、中庭。一緒に見に行こうよ」
「……行きます」

 少しよろけながら椅子から立ち上がる先生。その様子に不安を覚えながら腕を支える。そこで、ふと思い出した。

「あ、チェキ」
「チェキ?」

 先生が安定したことを確認した私は、学校の鞄に入れていたチェキを取り出した。これで佐藤先生と一緒に写真を撮る。この存在を思い出せた自分に心で拍手をしながら、また先生の元に駆け寄った。
 先生はチェキを知らなかった。「それ、何?」と不思議そうに聞くものだから「これはカメラですよ」と答える。「あとでどんなものか分かります」と言葉を継ぐと、嬉しそうに小さく頷いた。



 わかば園の玄関から外に出て中庭に向かう。暫く歩き続けていると先生の言った通り、綺麗に咲き誇る梅が視界に入って来た。ピンクと白。色とりどりの梅が輝いて見える。
 梅を見た先生は「綺麗だな……」と呟いて、近くに置かれているベンチに腰を掛けた。

「もう、2月。森野はどうだった? 高校1年の生活」
「……え?」
「俺、森野と1番長く一緒に居た気がするんだけど、森野はどう?」
「どうって……」

 そんなの、私も同じだ。
 同級生に友達を作らないと決めた私。その私を気にかけて、話し掛けてくれたのは……紛れもない、佐藤先生。夏休みも冬休みも、私の傍にはいつも、佐藤先生が居た。

「……どうって、私も同じです。いつも隣に、先生がいました」
「そうだよな」

 どこか嬉しそうに微笑む先生。梅の花を眺めながら微笑んでいる様子が儚くて、消えてしまいそう。

「……」

 滲んできた涙を見られないように軽く拭い、持ってきたチェキを構える。そして梅の花も一緒に入るように佐藤先生に向け、シャッターを切る。
 ゆっくりと本体から出てきたフィルムを先生に見せて「これが、チェキです」と言うと「あぁ、知ってたわ」とまた優しく微笑んだ。

「それ、貸して。俺も森野を撮る」
「えー……私単体はいらないですよ~」
「俺が欲しい」
「え〜?」

 このチェキは自撮りもできる。モードを自撮りに変更して先生に渡した。「先生、こうやって腕を伸ばして。このボタンを押してください」とお願いし、先生に顔を近付ける。そしてチェキからシャッター音が聞こえてきたことを確認して動き出すと、先生と私の2ショットがフィルムに焼かれて出てきた。肝心な梅の花は少し途切れているけれど、先生と2人、初めての2ショットに頬が緩む。

「森野、それ俺も1枚欲しい」
「え〜?」
「お願い」

 促され、もう1枚2ショットを撮る。出てきたフィルムが欲しいと言う先生に渡すと、嬉しそうに微笑んで自身のカードケースの中にしまいこんだ。
 先生が言うに、“お守り”らしい。ノコンギクのお守りと一緒に、このフィルムも持ち歩くのだと言って、先生は優しく微笑んでいた。

「……なぁ森野。ここだけの話、俺もう長くないらしいよ」
「……え?」
「今日も酷い頭痛に苦しんでいた。渡邊先生によると、記憶が欠乏する予兆らしい。どの記憶から無くなっていくのか。どの身体機能が奪われていくのか。医者ですら皆目見当もつかないらしいけれど。俺が今のままで居られるのも、時間の問題だ」

 重たい言葉とは裏腹に、佐藤先生はあまりにも清々しい表情をしていた。まるで死を既に受け入れているかのような、その表情。だけど私には、物凄く悲しそうに見えた。

「……先生、死んじゃうの」
「——最初そうやって、俺が森野に聞いたね」
「思い出を語るんじゃなくてっ!!」
「突然大きな声を出すなよぉ~、森野」

 まぁ、座りなよ。そう呟きベンチをトントンと叩く。
 先生に促されるがままベンチに座ると、誰も居ないことを確認した先生はそっと私の肩を抱き寄せた。

「私より先に死んだら駄目です」
「森野は長生きしな?」
「イヤ」
「そんなこと言うなって~!!」

 春になったというのに、まだ肌寒いこの季節。
 私と先生を照らす太陽のぬくもりすら物足りない。

「……」

 隣にいる大きな体にギュッと抱きついて、全身でその体温を感じる。やっぱりいつもより冷たいけれど、それでも吹き抜ける風よりは温かい。

 一瞬驚いたような声を上げた先生だったが、私の抱擁を受け入れ、優しく腕を撫でてくれた。

 優しくて、温かい。
 佐藤先生のこの温もりを永遠に感じることができたら良いのにと、少し感傷に浸る中で視線を梅に向けた。鮮やかなピンクと白。私の視線が梅に向いていることに気が付いた先生も、同じようにそちらを向いた。そして「来年も、森野の隣で梅を見たい」と小さく呟いた先生。
 私はその言葉が“聞こえなかったフリ”をして、静かにそっと、一筋の涙を零した。