♢こども食堂計画とあしながおじさん
「最終打ち合わせをエイトとするべく、今日は来てもらったのだが、とりあえず、これ読んどけ。当日は豚汁作るから」
園長レオは書類の束をファイルしたもの一式をエイトに渡した。
「よーするに細かい説明が面倒ってことか」
「わかってるではないか、親友エイト君。ここに全て書いてあるから、目を通しておいてね」
阿吽《あうん》の呼吸で二人がほほ笑んだ。
「当日は昼の12時に出せるように、9時から準備だ。会場はここの幼稚園を使うから、前日にある程度セッティングはできるし、食材は地元の商店街に頼んでるし、補助金も市町村から支給されるから、そのあたりの手続きは俺がやってるしな。あとは、うちの幼稚園の美しい女性教諭たちと共に頑張ってくれたまえ」
「そもそも、なんで食堂やるんですか?」
「これは、以前から俺の親父が進めていた事業でな。俺が園長になったからといって簡単に断ることもできないしな。地域との連携が幼稚園というのは大切なんだよ。とりあえず月1回くらいならばと思ってはじめたってわけだ」
「それで、地元の有力者の娘との結婚話は順調か?」
エイトがレオ園長に聞いた。結婚話って、まだ若いのにそんな話があるんだ。私はちょっと驚いた。
「順調じゃないし、好きじゃないから結婚はしないけど」
不満げなレオさん。結婚話か。この人モテそうだしもっと独身を楽しみたいのではないかな?
「美人じゃないとか、好みじゃないのですか?」
「いや、美人……なのかもしれないが、親同士の政略結婚なんて俺の恥だろ。大恋愛の末に結婚したいと思っているんだよ。俺は年上のほうが好きだし」
「そんなの恥じゃないですよ」
「絶対俺らしくない、親のいいなりなんて」
変に頑固なレオ園長はとっても子供っぽく見えた。さっきまで、大人っぽくてスキがない人でも、こんな顔をするなんて少し意外だった。いつも余裕がある大人の男であるのがレオ園長らしいと思っていたのだが。
でも、言いなりにならないと言いつつ、幼稚園を若くして継いでいるあたり、きっと逆らえない人なのかもしれないと思った。根は良い人で、結構従順なタイプだけれど、少しは抵抗してみる、みたいな感じだ。
もし、この二人が大学にいたら、きっといい意味でも悪い意味でも目立ったのだろうと思うし、女子の友達がいたのかどうか、少し気になるような気もした。私はまだ高校生で、まだまだキャンパスライフは未知の世界だが。
大学を卒業してまだまだ社会人としては若手なはずなのに、かたや売れっ子漫画家で大成功。かたや幼稚園の園長をしているなんて、不思議な運命を持った二人なのかもしれない。二人の共通点があるから気が合うからなのかな、私は勝手に解釈した。
「せっかくだから、お気に入りの紅茶、飲んでいってよ」
「レオは凝り性だからな。紅茶にはまってるのか? 少し前はコーヒーだっけ?」
「俺は、好きな女の子にはまるのと同じ原理で、飲み物や食べ物に、はまるんだって」
「飲み物と女の子は別物だろ」
エイトの突っ込みは鋭くタイミングがいい。芸人にも向いているかもしれない。この二人が漫才をしたらさぞかし女性ファンがたくさんつくに違いない。
「俺にとってはどっちも崇高な産物だと思っているがね」
やはり、傍から聞いているとこの二人のやりとりは面白い。
「青い紅茶はいかが?」
レオさんが素敵なティーカップを持ってきてくれた。中身の紅茶は水色で、初めて見るきれいな色合いだった。
「いただきます」
一口飲んだが、くせのない味わいだった。
「レモン入れてみて」
私は、言われるがまま、添えられたレモンを入れた。すると――
青から紫色にそれはとてもきれいな色合いに変化した。理科の実験みたいだが、どこかロマンがあって、少しナルシストなレオさんにぴったりな紅茶のように思えた。
「色が紫に変わった!!」
私が目を大きくしてエイトに話しかけると。
「これ、昔俺が教えたやつだろ」
「エイトに青い紅茶の秘密を教えてもらってさ、それからバタフライビーという紅茶を求めて俺の紅茶の旅は始まったってわけよ。今は結構メジャーだけど、ちょっと前にはこの紅茶って結構マイナーだったからな。今は、フレーバーティーにもはまっていてさ。フルーツを入れて風味を楽しんだりしているよ」
「本当に凝り性だよな。一時期コーヒーも海外から取り寄せたり、コーヒーソムリエみたいなこともやっていたよな」
「結構コーヒーとか紅茶って女性が好きな分野みたいでさ。女性と話すときのネタにもなるしね。実際、幼稚園のお母さんたちにもこういった話や講座は好評でさ」
「趣味と実益を兼ねるっていう感じだな、レオには無駄がない」
面白い表現をエイトがする。レオさんは芸術家肌という感じがした。きっと感性が鋭いのだろうと思う。凝り性なことろはエイトに似ている。どこか似ていて、さすが親友だと思えた。
「大学の頃ってサークルとか遊びってエイトはどうだったんですか?」
「エイトはサークルには入ってないけど、同じ学部の男たちと飲み会はしょっちゅうだったな」
「レオと飲むことが多かったかもな。まぁ俺は漫画で忙しかったし、レオもホストのバイトで忙しかったしな」
ホスト……この人ってやっぱり話術が巧みで女性に心を許さないけれど、女性がいつのまにか惚れてしまうパターンかな。要注意人物だったりして。
「でも、こんなかわいい女の子と同居なんて、エイト好きになるなよ」
「この子は娘みたいなものだからさ」
「じゃあ、エイトはそのうち別な誰かと結婚することもあるってことか?」
「しばらくは美佐子さんと娘のために生きるけど、ナナが自立したら、そういったこともあるかもな」
「ナナちゃんと結婚すれば?」
「それはない。俺は、お前と同じで年上の方が好きなんだ」
うちのお母さんと結婚しようと思っているあたり本当だろう。
「ナナに女性としての魅力を感じないのだから、それは家族としてとてもいいことだと思うんだよな」
腕組みしながらエイトが私を普通にディスってますけど。
「エイト、私はたしかに若いけれど、魅力ないとかひどくないですかね?」
「あしながおじさん的な保護者としては魅力を感じていないほうがいいだろ」
「そうだけどさ、失礼にもほどがあるってこと」
「つまり、エイトはあしながおじさんみたいな存在ってことか」
レオさんが眉をひそめて少々神妙な顔をする。
「あしながおじさんって奨学金を無償で与えてくれるという話だっけ?」
なんとなくしか、あしながおじさんの話を知らない私は、レオさんに確認する。
「あれって恋愛物語なんだよ。実はお金を援助してくれた男性と主人公の女性はあるとき出会っていた。二人は恋に落ちる。少女はその人があしながおじさんだと気づかずに好きになっていくんだ。最後にあしながおじさんが誰かわかるのだが、好きな男性だったと知る。金持ちの男性に見初められるシンデレラストーリーみたいな話で、のちに二人は結婚するんだ」
「そんなゲスみたいな話だったのか? 歳の差とか結構あるんじゃないか? ロリコンってことか?」
エイトも知らなかったらしく、あしながおじさんと自称していただけに戸惑う。
「親が死んでいたから奨学金をもらったことがあって、あしながとかそういった名前だったから、すっかり人のいいおじさんが無償で少女に金を送っていた話かと思っていたぞ」
自称単細胞のエイトらしい発言だ。
「ゲスじゃないって。あしながおじさんはそんなに歳を取っていないんだよ。影を見て足が長いから、あしながおじさんと命名しただけで、顔も年齢もわからないし、手紙でしか二人はやりとりをしていなかった。ちゃんと甘美な恋愛として成り立っているんだから。俺は職業柄児童文学には詳しいからさ」
レオさんは見かけによらず意外と読書家らしい。女性を口説くのには、知識が沢山必要だということだろう。レオさんは努力家なのかもしれない。幼稚園教諭の免許も持っているわけなのだから。
「俺は足は長いが、まだおにいさんだから」
たしかにエイトは背が高くて、足は長い。お金持ちという点も無償の援助も一緒だ。私はエイトの顔を知らないわけではないし、手紙でやり取りをしているわけでもない。
あしながおじさんが主人公と結婚したのならば、私とエイトも? 今、25歳ならば私との歳の差は7歳。7歳くらいならば歳の差としては普通だけど……。私は、何を考えているんだろう。私は、お母さんの愛した人を愛するわけにはいかないのに。家族としての好きという気持ちだけを私は持っておきたいだけだ。それ以上の感情は必要ない。
「最終打ち合わせをエイトとするべく、今日は来てもらったのだが、とりあえず、これ読んどけ。当日は豚汁作るから」
園長レオは書類の束をファイルしたもの一式をエイトに渡した。
「よーするに細かい説明が面倒ってことか」
「わかってるではないか、親友エイト君。ここに全て書いてあるから、目を通しておいてね」
阿吽《あうん》の呼吸で二人がほほ笑んだ。
「当日は昼の12時に出せるように、9時から準備だ。会場はここの幼稚園を使うから、前日にある程度セッティングはできるし、食材は地元の商店街に頼んでるし、補助金も市町村から支給されるから、そのあたりの手続きは俺がやってるしな。あとは、うちの幼稚園の美しい女性教諭たちと共に頑張ってくれたまえ」
「そもそも、なんで食堂やるんですか?」
「これは、以前から俺の親父が進めていた事業でな。俺が園長になったからといって簡単に断ることもできないしな。地域との連携が幼稚園というのは大切なんだよ。とりあえず月1回くらいならばと思ってはじめたってわけだ」
「それで、地元の有力者の娘との結婚話は順調か?」
エイトがレオ園長に聞いた。結婚話って、まだ若いのにそんな話があるんだ。私はちょっと驚いた。
「順調じゃないし、好きじゃないから結婚はしないけど」
不満げなレオさん。結婚話か。この人モテそうだしもっと独身を楽しみたいのではないかな?
「美人じゃないとか、好みじゃないのですか?」
「いや、美人……なのかもしれないが、親同士の政略結婚なんて俺の恥だろ。大恋愛の末に結婚したいと思っているんだよ。俺は年上のほうが好きだし」
「そんなの恥じゃないですよ」
「絶対俺らしくない、親のいいなりなんて」
変に頑固なレオ園長はとっても子供っぽく見えた。さっきまで、大人っぽくてスキがない人でも、こんな顔をするなんて少し意外だった。いつも余裕がある大人の男であるのがレオ園長らしいと思っていたのだが。
でも、言いなりにならないと言いつつ、幼稚園を若くして継いでいるあたり、きっと逆らえない人なのかもしれないと思った。根は良い人で、結構従順なタイプだけれど、少しは抵抗してみる、みたいな感じだ。
もし、この二人が大学にいたら、きっといい意味でも悪い意味でも目立ったのだろうと思うし、女子の友達がいたのかどうか、少し気になるような気もした。私はまだ高校生で、まだまだキャンパスライフは未知の世界だが。
大学を卒業してまだまだ社会人としては若手なはずなのに、かたや売れっ子漫画家で大成功。かたや幼稚園の園長をしているなんて、不思議な運命を持った二人なのかもしれない。二人の共通点があるから気が合うからなのかな、私は勝手に解釈した。
「せっかくだから、お気に入りの紅茶、飲んでいってよ」
「レオは凝り性だからな。紅茶にはまってるのか? 少し前はコーヒーだっけ?」
「俺は、好きな女の子にはまるのと同じ原理で、飲み物や食べ物に、はまるんだって」
「飲み物と女の子は別物だろ」
エイトの突っ込みは鋭くタイミングがいい。芸人にも向いているかもしれない。この二人が漫才をしたらさぞかし女性ファンがたくさんつくに違いない。
「俺にとってはどっちも崇高な産物だと思っているがね」
やはり、傍から聞いているとこの二人のやりとりは面白い。
「青い紅茶はいかが?」
レオさんが素敵なティーカップを持ってきてくれた。中身の紅茶は水色で、初めて見るきれいな色合いだった。
「いただきます」
一口飲んだが、くせのない味わいだった。
「レモン入れてみて」
私は、言われるがまま、添えられたレモンを入れた。すると――
青から紫色にそれはとてもきれいな色合いに変化した。理科の実験みたいだが、どこかロマンがあって、少しナルシストなレオさんにぴったりな紅茶のように思えた。
「色が紫に変わった!!」
私が目を大きくしてエイトに話しかけると。
「これ、昔俺が教えたやつだろ」
「エイトに青い紅茶の秘密を教えてもらってさ、それからバタフライビーという紅茶を求めて俺の紅茶の旅は始まったってわけよ。今は結構メジャーだけど、ちょっと前にはこの紅茶って結構マイナーだったからな。今は、フレーバーティーにもはまっていてさ。フルーツを入れて風味を楽しんだりしているよ」
「本当に凝り性だよな。一時期コーヒーも海外から取り寄せたり、コーヒーソムリエみたいなこともやっていたよな」
「結構コーヒーとか紅茶って女性が好きな分野みたいでさ。女性と話すときのネタにもなるしね。実際、幼稚園のお母さんたちにもこういった話や講座は好評でさ」
「趣味と実益を兼ねるっていう感じだな、レオには無駄がない」
面白い表現をエイトがする。レオさんは芸術家肌という感じがした。きっと感性が鋭いのだろうと思う。凝り性なことろはエイトに似ている。どこか似ていて、さすが親友だと思えた。
「大学の頃ってサークルとか遊びってエイトはどうだったんですか?」
「エイトはサークルには入ってないけど、同じ学部の男たちと飲み会はしょっちゅうだったな」
「レオと飲むことが多かったかもな。まぁ俺は漫画で忙しかったし、レオもホストのバイトで忙しかったしな」
ホスト……この人ってやっぱり話術が巧みで女性に心を許さないけれど、女性がいつのまにか惚れてしまうパターンかな。要注意人物だったりして。
「でも、こんなかわいい女の子と同居なんて、エイト好きになるなよ」
「この子は娘みたいなものだからさ」
「じゃあ、エイトはそのうち別な誰かと結婚することもあるってことか?」
「しばらくは美佐子さんと娘のために生きるけど、ナナが自立したら、そういったこともあるかもな」
「ナナちゃんと結婚すれば?」
「それはない。俺は、お前と同じで年上の方が好きなんだ」
うちのお母さんと結婚しようと思っているあたり本当だろう。
「ナナに女性としての魅力を感じないのだから、それは家族としてとてもいいことだと思うんだよな」
腕組みしながらエイトが私を普通にディスってますけど。
「エイト、私はたしかに若いけれど、魅力ないとかひどくないですかね?」
「あしながおじさん的な保護者としては魅力を感じていないほうがいいだろ」
「そうだけどさ、失礼にもほどがあるってこと」
「つまり、エイトはあしながおじさんみたいな存在ってことか」
レオさんが眉をひそめて少々神妙な顔をする。
「あしながおじさんって奨学金を無償で与えてくれるという話だっけ?」
なんとなくしか、あしながおじさんの話を知らない私は、レオさんに確認する。
「あれって恋愛物語なんだよ。実はお金を援助してくれた男性と主人公の女性はあるとき出会っていた。二人は恋に落ちる。少女はその人があしながおじさんだと気づかずに好きになっていくんだ。最後にあしながおじさんが誰かわかるのだが、好きな男性だったと知る。金持ちの男性に見初められるシンデレラストーリーみたいな話で、のちに二人は結婚するんだ」
「そんなゲスみたいな話だったのか? 歳の差とか結構あるんじゃないか? ロリコンってことか?」
エイトも知らなかったらしく、あしながおじさんと自称していただけに戸惑う。
「親が死んでいたから奨学金をもらったことがあって、あしながとかそういった名前だったから、すっかり人のいいおじさんが無償で少女に金を送っていた話かと思っていたぞ」
自称単細胞のエイトらしい発言だ。
「ゲスじゃないって。あしながおじさんはそんなに歳を取っていないんだよ。影を見て足が長いから、あしながおじさんと命名しただけで、顔も年齢もわからないし、手紙でしか二人はやりとりをしていなかった。ちゃんと甘美な恋愛として成り立っているんだから。俺は職業柄児童文学には詳しいからさ」
レオさんは見かけによらず意外と読書家らしい。女性を口説くのには、知識が沢山必要だということだろう。レオさんは努力家なのかもしれない。幼稚園教諭の免許も持っているわけなのだから。
「俺は足は長いが、まだおにいさんだから」
たしかにエイトは背が高くて、足は長い。お金持ちという点も無償の援助も一緒だ。私はエイトの顔を知らないわけではないし、手紙でやり取りをしているわけでもない。
あしながおじさんが主人公と結婚したのならば、私とエイトも? 今、25歳ならば私との歳の差は7歳。7歳くらいならば歳の差としては普通だけど……。私は、何を考えているんだろう。私は、お母さんの愛した人を愛するわけにはいかないのに。家族としての好きという気持ちだけを私は持っておきたいだけだ。それ以上の感情は必要ない。