――場所は教室。
私は授業の合間の時間や昼休みの時間を使って、パソコンやスマホでパラレルワールドについて検索していた。
まず自分が第一歩をふみださなければなにも始まらない。
萌歌や桐島くんは帰る気がなさそうだけど、元の世界へ繋がる方法を見つければきっと興味が湧くはず。
検索でいちばん厄介なのは、文字が左右反転してること。
スマホのフリック入力ですら真逆方向。初めてスマホを操作したとき以上に手間取っている。
パソコン画面はスマホで写真を撮ってから画像を反転させた。そうすれば見慣れた文字配列で読むスピードが上がるから。
ただ、問題が一つ。キーボードの配列が逆だから幼稚園児が文字を打つのと同じスピード感に。メリットとデメリットは常に背中合わせだ。
ここまで調べても有力な情報は見つからない。仮説で片付けられてるような気がする。
自分たちのようにここへ来た人間がいる可能性もあるのにひとつも情報が残されていないなんて……。
私は最悪な事態も想定しながら諦めずに検索を続けた。
放課後、教室内にひとりぼっちになってることに気づかなくても、窓の外の景色が暗闇に包まれていても、毎日パソコンと向き合い続ける。
何日も、何日も……。帰れる日を夢見てキーボードに指を叩きつけていた。
半べそをかいても肩をなでてくれる人なんていない。自分だけが頼り。落ち込んじゃだめ。
でも、このまま検索し続けても結果が出なかった場合のことを考えると不安になる。
どうしよう。どうしよう……、どうしよう…………。
「……ったく!! しゃーねーなぁ……」
――検索を始めてから約2週間後の放課後。
時間とともに気持ちが追い詰められながらガランとした教室内でパソコンに向き合っていると、桐島くんが私の机の隣にリュックをドサッと置いて椅子に座った。私の黒目は思わず彼の方へ。
「桐島くん……」
「途中で諦めると思ってたのに全然諦めねぇから」
「だって、帰る方法を探さないと……。二度と帰れなくなったら困るし」
「……その熱意に負けたよ」
「えっ」
「手伝ってやるよ。朝から放課後までパソコンをカタカタしてるところを見てたら、こっちまで帰りたい気持ちが伝わってきたし」
彼は私の返事を待たずにリュックからパソコンを取り出して起動させた。
「ありがとう。一人で探すのに限界感じてたから」
彼の優しさが後押ししたのか、瞳から一粒の雫が滴った。
何度調べても検索がヒットしない上に、一人きりで不安だったから。
すると、彼は呆れ眼を向ける。
「おいおい、泣くなよ。俺がイジメてるみたいだろ」
「だって嬉しかったんだもん。毎日スマホとPCを往復しても情報は一つも拾えないし、相談する相手はいなかったから」
「……あの時は突き放しちゃってごめん。俺、自分のことばかり考えてた。ここへ来てから悩みが解消されていたから帰らなくてもいいかなって」
「桐島くん……」
「でも、必死に帰る手段を探してるおまえと、悩みが解決して楽観的に考えていた俺。二人は同じ条件でここへ来たのに、おまえを見てたら楽な方へ逃げている自分に考えさせられたよ。……でも、今日からは協力する。検索スピードを二倍にしようぜ」
「うんっ!! 頑張ろうね!」
このまま一人で探していかなきゃいけないと思っていたせいか、彼のひとことによって心臓がじわじわと温かくなっていき、熱い血が全身を駆け巡っていった。
もう、一人じゃない。
そう思っただけで頬が緩む。
「ってか、スマホカメラでパソコン画面を撮って反転させてから読むなんてよく思いついたな。すげぇじゃん」
「でしょでしょ! 確かスマホには左右反転機能があったと思って。これなら勉強も追いつけるはず」
「俺なんて黒板の文字をそっくりに書き写してたよ。いつかは慣れるかと思って」
「あははっ、私は無理だったから授業中も黒板の文字をこっそり写真に収めていたよ」
「賢いな。……でも、そのやり方だとテスト時に苦戦するだろうな」
「うぐっ……」
クラスメイトから怖いと恐れられていた桐島くん。
外見からして不良っぽいイメージが強かったけど、想像よりも話しやすくてちょっと意外。
――私たちは、その日を境に放課後教室に残ってパラレルワールドについて検索を始めた。
集中するあまり最終下校時刻のチャイムを聞き取る毎日。
5月ということもあって下校時刻の18時半。外はまだ明るい分、時間感覚を失ってしまう。
検索方法を変えたり、英文を翻訳したりと、あらゆる手段を使ってみたけどやはりヒットせず。
「いっそのこと、思いきって検索キーワードから”パラレルワールド”を抜いてみる?」
「じゃあ、なんて検索するの?」
「うーーん……。そうだなぁ。”もう一つの世界”とか”異世界”とか」
「なるほどねぇ。少しでも接点につながればいいんだけど」
私と彼が隣同士の席に座って細かい相談をしながら二台のパソコンとスマホを使って調べていると……。
「もう一つの世界なんて信じてるの?」
前方扉から聞き慣れた声が届けられた。
目線が吸い寄せられると、腕を組んでいる心葉の姿が。
少し興味を持ったかと思って、椅子から立ち上がり彼女の方へ。
「そうなの。実は私、もう一つの世界から来たの。だから、帰る方法を桐島くんと一緒にパソコンで検索してて……」
「私は信じないけどね。そんな世界なんて」
「えっ」
「調べても時間の無駄だと思う。……じゃあね」
心葉はサラリと言い残すと廊下へ消えていった。一瞬の期待は一瞬で砕け散ることに。
「ちょっ……、ちょっと、心葉!!」
追いかけて扉に手を置いて廊下を覗くが、彼女は振り返らない。
元の世界ではなんでも話せる仲なのに、ここではまるで他人のよう。
期待外れな態度に扉を支えていた手がガクッと垂れ下がった。
「なんか……、虚しいね。仲が悪い萌歌と家族になってケンカしている間にこんな世界につれて来られちゃうし、ここの人たちの性格が逆で建物は左右反転してるし。萌歌に元の世界へ帰ろうと言っても断られるし」
「……」
「私、前世でなんか悪いことをしたのかな。過去の記憶なんてないのに、いまその代償を払わなきゃいけないの? どうして私だけこんな目に合わなきゃいけないの? もう二度と元の世界に戻れなかったらどうしよう……」
弱音はもう吐きたくないと思っていたけど、人からここまで言われると頑張る気力さえ失い始めている。
もしかしたら、自分のしてることが本当に無意味なのかもしれないと思ったら、やるせない気持ちに。
すると、桐島くんは背後からいきなり声を上げた。
「はぁあぁぁぁああっっ?!?! いまさらなに弱気なこと言ってんの?」
「えっ」
「頑張るって決めたんだろ。なら後ろを向くな。俺らぜってぇ元の世界に帰るから!!」
「桐島くん……」
「まだヒントにすら辿りついてないけど、きっと自分たち以外の人もここに来てる可能性がある。俺らが一番最初じゃないはずだ。探しているうちになにか情報を拾えると思うし、堀内の努力は必ず届くよ」
――私、大事なことを忘れていた。
帰る方法が見つからなくてついネガティブになってしまったけど、近くで今日までの努力を見ていてくれる人がいるということを。
「そう……かな……」
「あ、そうだ! 肝心なことを忘れてたよ」
「えっ、なに?」
「佐神に話を聞いてみるってのはどう? ほら、元の世界にいるときに授業で言ってたじゃん。パラレルワールドについてさ」
「あぁっ!! 言ってた言ってた。それいいね! どうしていままで気づかなかったんだろう。佐神先生ならなにかヒント的なものを知ってるかもしれないからね」
「じゃあ、いまから聞きに行ってみよう」
私たちは雨音に包まれている教室で荷物を片してから職員室に向かった。
確かにあのとき先生は言ってた。”もう一つの世界がある”と。
授業中に伝えるくらいだから、先生は調べている可能性があるし有力な情報を握ってる可能性もある。
私たちは期待を膨らませたまま佐神先生を職員室の出入り口まで呼び出して、パラレルワールドについて聞きたいと訪ねてみたけど……。
「僕はそんな話をしてない」
予想外の回答が下だされた。私たちは思わず互いの目を見合わせる。
「だって、先日授業で言ってたじゃないですか。もう一つの世界があるって……。私たちはちゃんと聞いてたんです」
「聞き間違えじゃないかな。だいたい大事な授業でそんな話をするわけがないだろ」
「ちょっ!! 覚えてないなんてあり得ないだろ。たった2週間前の話なのに」
「そんな話自体してない。君たちの勘違いだろう。……もうとっくに下校時刻は過ぎてるからそろそろ帰りなさい」
先生は無関心な様子でくるりと背中を向けてデスクの方へ。
「先生っっ!!」
「おいっ、佐神! 隠してんじゃねーよ。俺らは本当のことが知りたいんだ!!」
「桐島! 先生に呼び捨てなんて失礼じゃないか。態度を改めろ!」
「くっっ……。なんだよ、急に別人みたいでさ」
「別人……? なにを言ってるんだ。さぁ、もう下校時刻だから帰りなさい」
期待も虚しく職員室の奥へ戻っていく先生。私たちは先生が着席するまで見届けるはめに。
唯一の期待が見事に砕け散った瞬間だった。
私たちはしゅんと肩を落としながら静まり返った廊下を歩き進める。
いまの心境は空一面にびっしりと雨雲が敷き詰められている梅雨空と同じ。
「佐神先生の性格も真逆だったね。普段は生徒に野次られてるような人なのに」
「元の世界と並行しているはずなのに、パラレルワールドの話をしてないなんて……。唯一の宛が消えたな」
「私たち、このまま帰れないのかな。この世界で一生いきていかなきゃいけないのかな」
「諦めるのはまだ早い。明日図書室へ行って調べてみよう。何かヒントが見つかるかもしれない」
「図書室……かぁ。新しい情報を嗅ぎ回ってばかりいたから図書室の存在を忘れてたね」
「気ぃ落とすなよ。これからが勝負だからね」
彼は穏やかな目のまま私の頭にポンッと手を置いた。
もし、私があのままずっと一人きりで調べていたら、佐神先生に話を聞きに行くことも、図書室へ調べに行くことも思い浮かばなかったよ。
努力をしていれば必ず見てくれる人がいると聞いたことがあったけど、それは本当なんだね。



