「はぁぁぁ〜〜っ、無理無理無理!! 謝っても許してくれないし、何度話しかけても無視。きょうだいになったからにはコミュニケーションを図っていかなきゃいけないのに、向こうが無視し続けてたらこっちが努力しても意味ないし」
――萌歌と一緒に暮らし始めた日の翌日の昼。
心葉と中庭でランチ中に目の下にクマを作った状態で同居の件をグチっていた。
「毎日同じご飯食べてたらいずれ仲良くなるんじゃない? 家族なら嫌でも顔を合わせなきゃいけないし」
「あっちが喋ってくれないのに?」
「家族だったら何かしらコミュニケーションが生まれるでしょ。まぁ、長い目で見ていきなって」
「……も〜っ! ひとごとだと思って」
頬をぷぅと膨らませて、お弁当箱の中の卵焼きをつまんでひょいと口に入れる。
「お、美味しい……。一般家庭の卵焼きってこんな味するんだぁ」
「おや? 今日から新しいお母さんの手作り弁当?」
「うん。これって萌歌がいつも食べているお弁当だよね。これからは毎日こんなに美味しい料理が食べれるなんて感動〜っ!」
じ〜んとしながら咀嚼していると、心葉は水筒の蓋を開けて飲み物をゴクリと飲む。
「あんたも大変だね。家族がいきなり二人も増えてさ。ストレス半端ないでしょ」
「きょうだいがあの萌歌じゃね。だいたいあの子は性格がキツイんだよ。少しはオブラートに包んでくれればいいのに、思ったことをズバズバと言うからトゲがあるんだよ」
「あんたも人のこと言えないじゃん」
「そんなことないっ! 私は誰かさんと違ってちゃんと謝れるし〜」
話の世界に入り込んでしまったせいもあっていつもの調子で話していると、背後から影ができた。
一瞬嫌な空気が流れたので振り返ると、そこには萌歌が仁王立ちしている。
「またあたしの噂?」
「いっ……、いやっ……、あのっ、それはさ」
「この前言ったばかりなのにまだ懲りないの? 言いたいことがあるならあたしに直接言いな。ま、謝っても許さないけどね」
彼女は額に青筋を立てながらそう言うと、長い髪をハラリと手で払って校舎へと戻っていく。
私はその背中に向けてすかさず言った。
「悪気があったわけじゃ…………」
そこまで言いかけたけど、彼女に聞く様子が見られなかったから言葉にブレーキがかかった。
一方の彼女は、振り向きもせずに校舎の奥へと消えていく。
「あ〜あ、また怒らせちゃったね」
「はぁぁ……。普通に話せるにはあと何年かかるんだろう。いまからこんなんじゃ先々が思いやられるよ」
「あんたの素直すぎる性格が損してるというか。あ〜あ、こりゃしばらく仲直りできそうにないね」
――昼休みが終わり、5時間目の科学の授業が始まった。
萌歌のことで頭がいっぱいだが、佐神先生は私の心境を知るはずもなく授業を進めていく。
佐神先生は黒縁メガネに白衣姿で二十代後半の男性職員。
いつも蚊が泣くような声で何を喋ってるかわからないから、授業は生徒の雑談に埋もれていく。
私も他の生徒と同様、普段は科学の授業に興味がないのだが……。
この時だけは眠気に襲われながらもうっすらと聞いていた。
すると……。
ガラッ!!
突然後方扉が開いたので生徒たちが一斉に目を向けると、そこにはケンカが強くて最強男子も噂されている桐島響の姿があった。
乱雑にヘアセットされている短い銀髪に、両耳にはピアスが二つずつ空いていて、二重の切れ目が彼の特徴だ。
強面の風貌なせいか、彼に近寄る者はいない。
何故なら肩が触れただけでも暴力を振るわれるという噂が生徒たちの間に飛び交っているから。
「やっべ、昼寝してたら遅れちまったー」
「きっ……、桐島くん……。早く席に着きなさい」
「んあっああ?! そんなに小せぇ声じゃ聞こえねーよ」
「…………ちゃっ、着席して下さい」
このように、生徒に簡単にナメラれてしまうほど佐神先生は頼りない。
教師の中でも肝が据わってないのは彼一人だけ。
桐島くんが座席にどかっと腰を下ろすと、佐神先生はチョークを持って黒板に横二本の平行線を書いた後、下から上に向けて一本の曲線を描いた。
「えぇーー……っ、いま私たちが暮らしている世界に加えて、もう一つの並行世界が存在するということが先日ニュースで報道されました。そこはパラレルワールドと呼ばれ、一つの世界が何かのきっかけによって二つに分岐してしまったと言われています。一説によると、そこは人間の性格や建物の形状が左右反転していて鏡の奥のような世界とも言われています。つまり、君たちの分身がもう一つの世界で存在している可能性もあり……」
へぇ〜……。
パラレルワールドって人の性格や建物の形状が逆なんだ。
もしそんな世界が存在してるなら、萌歌と仲良くやっていけるのかな。
それどころか、憧れの三井くんと恋人になれるかな……なんてね。
私は左斜うしろの席の三井くんにちらりと目線を当てる。
三井くんはセンターパートの黒髪ツーブロックヘア。
彫刻のように顔が整っていて、学年で1、2を争うくらいの秀才だ。
先日告白をしたばかりだけど、いい返事は得られず終いで……。
念仏のように唱えられる退屈な授業に加えて昼食後ということもあり、机に寝そべったまま夢の世界へ。
この時、佐神先生が説明していたパラレルワールドに、まさか自分が行くことになるとも知らずに……。