「はぁぁぁ〜〜っ、無理無理無理!! 謝っても全然許してくれないし、何度も話しかけても無視。きょうだいになったからにはコミュニケーションを図っていかなきゃいけないのに、向こうが無視し続けてたらこっちが努力しても意味ないし」
――萌歌と一緒に暮らし始めた日の翌日のランチタイム。
中庭で目の下にクマを作ったまま心葉に同居の件をグチっていた。
萌歌に近づく努力をしているものの未だに成果が見られない。
「毎日食卓を囲んでいるうちにいずれ仲良くなるんじゃない? 家族なら嫌でも顔を合わせなきゃいけないし」
「あっちが喋ってくれないのに?」
「家族だったらなにかしらコミュニケーションが生まれるでしょ。まぁ、長い目で見ていきなって」
「……も〜っ! 心葉ったらひとごとだと思って」
頬をぷぅと膨らませてお弁当箱の中の卵焼きをつまんでひょいと口に入れる。
すると、目新しい味が激震をあたえた瞬間、箸を持つ手が止まった。
「お、美味しい……。一般家庭の卵焼きってこんな味がするんだぁ」
「今日から新しいお母さんの手作り弁当?」
「うん。これって萌歌がいつも食べているお弁当だよね。これからは毎日こんなに美味しい料理が食べれるなんて感動〜っっ!!」
自分が作ったお弁当じゃないだけでも嬉しいのにね。あぁ……、人が作ったお弁当って最高!!
じ〜んとしながら咀嚼していると、心葉は水筒の飲み物をゴクリと飲んでから言った。
「あんたも大変だね。家族がいきなり二人も増えてさ。ストレス半端ないでしょ」
「きょうだいがあの萌歌じゃね。だいたいあの子は性格がキツイんだよ。少しはオブラートに包んでくれればいいのに、思ったことをズバズバ言うからひとことひとことにトゲがあるんだよ」
「あんたも人のこと言えないじゃん。言いたいことはブレーキかけないし」
「そんなことないっ! 私は誰かさんと違ってちゃんと謝れるし〜。あそこまで頑固を貫いてくると参っちゃうよね」
「あっ…………。ねっ、ねっ……皐月……」
心葉は苦笑いしたまま私の上腕を触ってきたのでその異変に気づくと、背後にヌッと影ができた。
振り返ると、そこには萌歌が冷たい目で見下ろしたまま仁王立ちしている。思わずギョッと目を見開いた。
「またあたしの噂?」
「いっ……、いやっ……、あのっ、それはさ……」
「この前言ったばかりなのにまだ懲りないの? 言いたいことがあるならあたしに直接言いな。……ま、謝っても許さないけどね」
彼女は額に青筋を立てながらそう言うと、長い髪をハラリと手で払って校舎へ戻っていく。
私はその背中に向けて言った。
「悪気があったわけじゃ…………」
そこまで言いかけたけど、聞く様子のない態度に声が詰まった。彼女は長い髪を揺らしたまま校舎の奥へ消えていく。
「あ〜あ、また怒らせちゃったね」
「はぁぁ……。普通に話せるにはあと何年かかるんだろう。いまからこんなんじゃ先々が思いやられるよ」
「あんたの素直すぎる性格が損してるというか。こりゃしばらく仲直りできそうにないね」
お互い素直すぎるから仲良くなるのには時間がかかるかもしれないけど、せめて普通に会話ができれば……。
本当はいまのままじゃダメだとわかっている。この関係をどうにかしたい。
でも、そこには分厚くて高い壁が立ちはだかっている。
――ランチタムが終わり、5時間目の科学の授業が始まった。
萌歌のことで頭がいっぱいだけど、佐神先生は私の心境を知るはずもなく授業を進めていく。
彼は黒縁メガネに白衣姿で、二十代後半の男性職員。いつも蚊が泣くような声でなにを喋ってるかわからないから、授業は生徒の雑談に埋もれていく。
私も他の生徒と同様、科学の授業に興味がないけど、この時だけは眠気に襲われながらもうっすらと聞いていた。
すると……。
ガラッ!!
突然大きな音とともに後方扉が開く。生徒たちが一斉に目を向けると、そこにはケンカが強くて最強男子も噂されている桐島響の姿があった。
乱雑にセットされている短い銀髪。両耳にはピアスが二つずつ。二重の切れ目が彼の特徴。
強面の風貌なせいか、普段から近寄る者はいない。肩が触れただけでも暴力を振るわれるという噂が生徒たちの間に飛び交っているから。
「やべー……。昼寝してたら遅れちまったー」
「きっ……、桐島くん……。早く席に着きなさい」
「んあっああぁぁっ?!?! そんなに小っせぇ〜声じゃ聞こえねーよ!」
「…………ちゃっ、着席して下さい」
このように簡単にナメラれてしまうほど佐神先生は頼りない。教師の中でも肝が据わってないのは彼一人だけ。だから、科学が好きになれないというか……。
桐島くんが座席にどかっと腰を下ろすと、佐神先生はチョークで黒板に横二本の平行線を書いた後、下から上に向けて一本の曲線を描いた。
「えぇーー……っ、いま私たちが暮らしている世界に加えて、もう一つの並行世界が存在するということが先日ニュースで報道されました。そこはパラレルワールドと呼ばれ、一つの世界が何かのきっかけによって二つに分岐してしまったと言われています。一説によると、人間の性格や建物の形状が左右反転していて鏡の奥のような世界。つまり、君たちの分身がもう一つの世界で存在している可能性もあり、その確率は……」
へぇ〜……。パラレルワールドって人の性格や建物の形状が逆なんだ。
もしそんな世界が存在してるなら、萌歌と仲良くやっていけるのかな。それどころか、憧れの三井くんと恋人になれるかな……なんてね。
私は左斜うしろの席の三井くんにちらりと目線を当てる。
彼はセンターパートの黒髪ツーブロックヘア。
彫刻のように顔が整っていて、学年で1、2を争うくらいの秀才だ。
先日告白をしたばかりだけど、いい返事は得られず終いで……。
念仏のように唱えられる退屈な授業に加えて昼食後ということもあり、机に寝そべったまま夢の世界へ。
この時は佐神先生が説明していたパラレルワールドに、まさか自分が行くことになるとも知らずに……。



