――あじさいが開花時期を迎え、肌にしっとりと小汗をかくようになった5月下旬。
私、堀内皐月は、男手ひとつで育ててくれた父から「紹介したい人がいる」と伝えられた。
母が他界してからおよそ6年。振り返れば涙がにじむような苦労しか浮かばない。母の代役はきょうだいのいない自分が請け負っていたのだから。
でも、それ以上に嬉しいのは父のハートを射止めた女性。どんな人なんだろうと胸を踊らせている。そのうえ、念願のきょうだいができて嬉しい。
今日はお相手家族と初顔合わせ。約束の場所であるイタリアンレストランへ到着した。
失礼のないように最低限のドレスコードでやってきたまではよかったけど……。
「今度妹になる萌歌ちゃんだよ。同じ高校の3年生で……、確か皐月のクラスメイトだったよね?」
婚約者の娘と目が合った瞬間、氷水を浴びたかのような気分に。
なぜなら、いまクラスの中で最も苦手な萌歌が新しい妹として紹介されているのだから。
しかも、その原因を作ってしまったのは自分だという。
――ことの発端は、遡ること1週間前。
放課後、教室の自分の席でカバンの中に教科書やノートを詰め込んでいると、窓際でかたまっているクラスの男子三人組が萌歌の噂話をしていた。
「萌歌ってさ……、かわいくね?」
「それ、俺も思ってた! 顔は拳サイズで極小だし、猫のような目できりっと二重に、艷やかなサラサラの茶髪ロング。スラリと長い手足でモデルみたいだよなぁ〜」
「お前も萌歌派? 顔は超絶かわいいし、先週の体育祭で踊っていたキレッキレのダンスはかっこ良かったよなぁ」
「俺も萌歌のダンスを見て惚れた」
「マジでかっこよかったよな。K-POPアイドルみたいで」
体育祭が終わってから男子たちは萌歌の話題で持ちきりに。
あの時は、昼食時にダンス部が校庭でダンスを披露していた。容姿端麗の萌歌は会場の視線をひとり占めしていた。
確かに彼女はかっこいい。
顔は芸能人並みにかわいいし、スタイル抜群。ダンスも際立っていた。
さっきの男子が言ってたように、K-POPアイドルにまぎれてもわからないほど最高なパフォーマンスを魅せてくれたのに違いないが、性格はと言うと……。
「毎日どこへ行っても萌歌、萌歌、萌歌! はぁ〜っ……。男子はよくもまぁ萌歌の話題が尽きないよねぇ……」
私は机に頬杖をつきながら親友の純奈心葉に愚痴をこぼしていた。
別に彼女が嫌いなわけじゃないけど、毎日こんな噂話をあちこちで聞いてるとうんざりする。
「また男子が噂してた? たしかに萌歌はかわいいもんねぇ〜」
「そんなに毎日噂するほどかわいいかなぁ……」
尖らせている口から心とは裏腹な言葉が飛び出てくる。自分でもみっともないと思うほど。
「萌歌ってさ、腰までのさらさらロングヘアで顔は整形クラスの美人。確かに男子の目を引くのはわかるわ」
「そうそう、それよ! 萌歌は絶対に整形してるって。じゃないと、あんなデカ目にならないよ。まぁ、ダンスがうまいから顔が人一倍可愛く見えるかもしれないけど」
「ちょっ、ちょっと! 皐月。それは言い過ぎだって」
「いいのいいの。かわいいと自覚してるからあんなに自信満々なのかな。絶対に恋愛は苦労知らずなタイプだよ。あぁ〜っ、羨ましい〜」
周りに目もくれぬまま噂話に花を咲かせていると、隣に黒い影が生まれた。
「なにそれ、あたしの噂?」
真横から耳を突くような呆れた声が降りそそぐ。
心葉と同じタイミングで隣に目を向けると、そこには水色のワイシャツの上で腕を組みをしている萌歌が冷たい目線で見下していた。
私は予想外の本人登場に思わず全身にブワッと鳥肌が立つ。
「べ……べつに……。ももも……、萌歌の噂をしているわけじゃないし……」
「気分悪いんだけど。それに、ブスの嫉妬ってみっともないよ」
「ななな……。なによ、ブスって!! 自分はちょっとかわいいからって人をブス扱いするなんて酷くない??」
「ありがと。かわいいって褒めてくれるなんて。でもあたし、この顔で生まれてこの顔で成長してきたの。だから、嫉妬されても困るんだよねぇ」
「なにその言いかた!! いかにも自分がモテますよ的な」
「だって実際そうなのに否定する必要はないでしょ」
彼女はいつもそう。
自分に自信がある分、誰にも媚びないし、ぼっちでも気にする様子がない。
所属しているダンス部の仲間とは喋っているのに、教室では一匹狼を貫いている。
不愛想だから誰も近づかないし、自分から輪の中に入っていく様子すらない。
だから、余計気になってしまうのかもしれない。
でも、さすがに整形は言い過ぎだと思って翌日に謝りに行った。
私たちはクラスメイトだし、あまり話したことがなくてもギスギスした関係のまま卒業するのは嫌だと思っていたから謝ったのに……。
どんなに話しかけてもガン無視。それどころか「ブスは黙ってな」と吐き捨てるサマ。
こーゆーところが苦手というか、付き合えないというか、無理というか……。
――そんな矢先、父親の婚約者の初顔合わせの日を迎えて妹になる人が萌歌と告げられた。
わくわくしながら予想していた親友のようなきょうだい像は見事に崩れ去るどころか、気分は底なし沼に足を取られていくかのよう。
現実逃避したなってワンピースのスカートの上から太ももを掴んでみたけど、痛いと感じるから夢じゃない。
「萌歌は……たしかにクラスメイトだけど……」
「はあぁぁあああっっ?! よりによってあんたがあたしの姉に? 新しいきょうだいを期待したあたしがバカみたいじゃない!」
彼女は私の顔を見た途端、口を尖らせてどかっと椅子に腰を落として腕組みする。
そうだよね。想像した通り。私も新しいきょうだいが萌歌なんて無理だわ。
私たちの様子を一部始終見ていた婚約者のゆりさんは、困惑したまま彼女の腕を引いて再び椅子から立たせた。
「萌歌! 皐月ちゃんに失礼でしょ。謝りなさい」
「はぁあ? 失礼なのはどっちなのか本人がよくわかってんじゃないの?」
「こら、なんてことを言うの!」
「もう帰る……。やってらんない」
「待ちなさい!! まだ話も始まってないのよ。それにお料理だって……」
「悪いけど、三人で勝手にやっててくんない。あたし、親の再婚とか興味ないから」
「萌歌っ!!」
彼女はワンピースの裾を揺らしながらテーブルから離れて行く。ゆりさん真っ青な顔で目を泳がせたままその背中を追った。
取り残された父と私はその場にポツンと佇む。
先が思いやられるというか、萌歌ときょうだいとしてやっていけるのかというか……。
お互い、売り言葉に買い言葉な状態だから仲良くなるきっかけが見い出せない。
――そして、両親の顔合わせの翌週。
萌歌たちは我が家に引っ越してきた。
引越し業者のトラックが去ったあとは片付け作業に没頭する彼女。私はその背中を見ているだけで先行きが不安に。
ところが、これから始まる彼女との同居生活が、これまで起きた悲劇以上の事態をもたらすことに……。



