「ていうのもさぁ、先生まだ3年にも言えていないんだけどな。うちの軽音部、駅前のライブハウスを借りて年2回、定期公演してるだろ?」
「あ……はい」
そう、俺ら『桜川高校軽音部』は、そのままの名前でライブハウスを借りて、定期公演をしている。
もう4年くらい続いている軽音部の一大イベント。他校生もわざわざライブを観に来るくらいには、市内で結構有名だ。
「それが他の学校の教師らからも良い評価を貰ってて、学校としてもより一層力を入れて応援したいところなんだけど。校長がな、条件を付けて来たんだ」
「条件?」
「あぁ。今お前ら、所謂コピーバンドだろ。それが校長的には微妙らしくて。桜川高校軽音部でオリジナル曲を作って披露し、コピーバンドを卒業しろって言い出したんだ」
「…………は?」
平然とした表情の内山先生は、変わらずノートを捲っている。てか、よくそんな普通で居られるな!?
俺は動揺し過ぎて口の中の飴を思わず飲み込みそうになった。
その危険さに冷や汗を掻きつつ、冷静に先生の言葉を思い返す。
コピーバンド卒業って……いや、待って本当に。
ただの“高校生の部活動”に何を求めてんの!?
「でな、ここで先生がお前に話した内容に繋がるんだ。軽音部が文化祭でのステージ発表の時間が取れるかどうかは、『軽音部がオリジナル曲を披露できるかどうか』と、言ったろ。あれ、校長の仕業。オリジナル曲をやらなきゃ、ステージ発表の時間はやれないと言われているんだ」
「…………は?」
「そこまでするかって思ったろ? 大丈夫、先生もそう思った。だけど反論はできない。悪いけど、自分の教師生命を絶たれる方が困るんでな。何事も自分優先で、生徒は後回しだ」
内山先生、いちいち言うことが最低だな!?
いやまぁ分かるけれど。言いたいことは分かるけれども!
もう少しくらい寄り添おうとしない!?
しかし、話の全体がやっと見えた。
そう理由があって、内山先生は俺に作詞をさせようとしていたんだ。
隠さずに言ってくれたら良かったのに……。
「先生も悪かったと思っている。部員に説明しなければいけなかったのに、できなかった。でもオリジナル曲の作成は進めなければならない。それでまぁ……お前を悩ませてしまった。それは申し訳ない」
ノートを捲る手を止めて、あるページを開いて俺に見せてきた。
そのページには文字がつらつらと書いてある。
「ほれ、心当たりがあるだろ」
「…………」
そのページに書いてある文字は“俺の詩”だった。
去年国語の授業で書いて、文化祭で展示された詩だ。
「『人を愛し、人に愛され、私は人として成長していく。心を許した相手に寄り添う喜び、寄り添われる愛おしさを感じて……』」
「………」
「『全てを体で感じて生きてゆきたい。満たされた感情で溢れる愛、あなたを想い伝える、愛の言葉。愛おしくて、苦しくて、どうしようもなくなった時、何よりも大切なあなたを壊れないように両腕で抱き締める。その瞬間に感じる、深い絆。あなたと共に歩む、未来を信じて———…』」
「内山先生、もう止めてくれませんか!?!?」
「何でだ。良い詩では無いか」
内山先生の手からノートを取り上げ、勢いよく閉じて机に置いた。……冗談じゃない。公開処刑だろ、こんなの。
恥ずかしすぎるこの詩を世界から抹消したい。耐えられない、こんなくさい詩。これが曲になるなんて、もっと耐えられない……!!
「……俺、今日の部活休みます」
「何でだ」
「ちょっと、色々と考えさせて下さい」
「あ、ちょっと」
反射的に呼び止めようとした内山先生を無視した俺は、何も言わずに英語科準備室を飛び出した。