部活を終えた帰り道、すっかり暗くなった周りを見回しながら学校を後にする。
相棒の入ったハードケースを抱え、1人ゆっくりと坂道を下っていると、後ろからパタパタと足音が聞こえて来た。

その足音は徐々に近付き、最後はドンッと俺に衝突してくる。

「いたっ!!」
「えへへ、ごめ~ん!! 坂道で走り出したら止まらなくなっちゃった!」

振り向くと、小さく舌を出して笑っている莉奈先輩が視界に入った。

「偶然だね、柊斗くん。てかそこに居てくれて助かったわ!」

力強いドラムの音からは想像できないくらい小柄な莉奈先輩。俺の肩の位置に頭がある先輩は、隣に並んで一緒に歩き始める。
触れるか触れないか、微妙な距離感で歩く俺たちを、まん丸な月が微かに照らしていた。


「柊斗くんも物好きよね~。ハードケースを持って登下校するなんて、実はドM!?」
「ドMとか言わないでもらって良いですか。違います、俺の大事な相棒を傷付けない為です」
「でも1年生みたいなソフトケースでも充分だと思うけどね」

そう言う莉奈先輩は、ドラムスティックを固い専用ケースに入れて持ち運びしている。ドラムスティック自体よりも重たそうなそのケース。要は……俺と同じだろう。

「なら、莉奈先輩もそのドラムスティック、薄い布製の袋に入れたらどうですか? そのケース、重そうですし」
「いや……私はこれが良いの! 傷付くと……嫌だし」
「ほら、先輩。俺も同じです」

先輩の顔を覗き込んで微笑むと、ぷぅ~っと頬を膨らませている表情が目に入った。フグみたいに大きく膨らませているその顔が面白くて更に笑うと、「何よもう!」と言いながら酷く俺の背中を叩いた。

坂を下り終わって平坦な道になった時、ふと立ち止まった莉奈先輩。
どうしたのかを問うと、先輩はキリッと睨むように俺の顔を見つめて言葉を発した。

「てかさ、柊斗くん何か悩んでいるでしょ」
「……え?」

唐突なその言葉。
歩道の少し広い場所に移動し、重たいハードケースを置く。そして、俺も先輩の顔を見つめた。

「どうして、そう思うのですか」
「……私、柊斗くんの迷いの無い真っ直ぐなギターの音色が好きなの。なのに最近は、どこか不安さが混じっている気がして気になっているの」

楽器は素直だ。
どんな楽器も、奏者(そうしゃ)の感情を一緒に乗せて……音を奏でる。

奏者の心が荒れていたら、荒い音色。
奏者が悲しんでいたら、静かに消えそうな音色。
奏者が楽しんでいたら、聞いている人も楽しく身体が動き出すような音色。

そして俺の音色はきっと、悩みや不安を乗せていたのだろう。

「流石、莉奈先輩。人の音を良く聞かれていますね」
「当たり前じゃん。てか柊斗くんのギターの音色が好きって言ったでしょ」

置いたハードケースを持って、再び並んで歩き出す。
莉奈先輩は歩きながら、制服のえんじ色の大きなリボンを掴んでは離して……を繰り返していた。

「俺も莉奈先輩のドラムの音が力強くて好きです」
「私のことは良いの~。てか今は柊斗くんの悩みの話だし」

ふぅ……と大きく息を吐き、遠くを眺める。

俺の悩みは、作詞のこと。
内山先生に作詞を頼まれていて、しかも文化祭のステージ発表の有無が俺にかかっているってこと。莉奈先輩は知っているのかな。

喉まで出てきているのに、なかなか吐き出せない言葉。
少しだけモヤモヤしながら無言を貫いていると、バチーンとまた大きく背中を叩かれた。

「いたっ!?」
「ちょっとは頼ってよ。君の先輩なんだから、私」
「莉奈先輩……」
「……今だって。何のために偶然を装って君と2人で帰っているのか、分からないじゃない」
「……え?」

思わず立ち止まる俺。
一方、そんな俺を無視して歩き続ける莉奈先輩。


先輩それ……どういう意味ですか。
そう思っても、それすらも口から出てこない。

「ほら、柊斗くん。ぼさっとしない!」

手招きされ、小走りで先輩に追いつく。


結局悩みは話せなかった。
せっかく先輩が気に掛けてくれていたというのに。
作詞で悩んでいるということを、俺は先輩に言えなかった。