県立桜川高等学校。
桜川市の中心部から少し外れた高台にあるこの学校は、傾斜のきつい坂を上りきった先に校門がある。
蒸し蒸しとした酷暑の候。
俺はハードケースに入れたお気に入りのエレキギターと共に、汗をかきながら毎日この坂を上る。
「西園寺先輩、おはようございます」
「あ、神崎……おはよ」
大抵同じ時間に登校してくる神崎。
神崎はリュックサックのように背負えるタイプのソフトケースにベースを入れて、毎日登校している。
「先輩、いい加減ハードケースは止めた方が良いですよ。良くそれを持ってこの坂を上りますね」
「俺の大事な相棒なんだ。ソフトケースになんて入れられない」
「ソフトケース舐めないで下さいよ!? 軽いのに丈夫なんですから!!」
坂を上りきり、汗だくになった顔を拭いながら昇降口に向かう。
そこには立哨当番の教師が数人立っており、中には軽音部顧問の内山涼華先生が居た。
「おはよう、西園寺と神崎!! 2人一緒に登校なんて、仲が良いんだな!」
「おはようございます。途中で一緒になっただけっす」
「そう照れるな!! 1年と2年が仲良くしている様子を見れて、先生は嬉しいぞ!」
男勝りな内山先生はバッシーンと俺の背中を叩いて、ケラケラと笑った。
力が強すぎて背中がズキズキと痛む。
内山先生……こんな感じだが、実は物凄くギターが上手い。
良く居る形だけの軽音部顧問では無いのだ。
「あ、そうだ西園寺」
「はい」
「歌詞はできたか?」
「……あ…いや、まだです」
「頼むぞ。文化祭で軽音部のステージ発表の時間が取れるかどうか、お前にかかっている」
「……勿論、分かっています」
小さくそう答えて俯く。そして他の教師にも頭を下げながら玄関をくぐった。
スニーカーから上履きに履き替えながら、思わず溜息が出る。
俺が作詞で頭を悩ましている原因。まさしくこれ。
何故か内山先生は俺に作詞をさせようとしてくる。しかも、軽音部が文化祭でのステージ発表の時間が取れるかどうかは、『軽音部がオリジナル曲を披露できるかどうか』で決まるらしい。
すなわち、俺が作詞しないことには何も始まらないらしいが……こんなことは初めてだ。
どうしてこんなことになったのか……。
未だに俺は……何も分からない。