夏休みはバンド練習も当然だが、作詞作曲も同時進行で行っていたことにより、朝から夕方まで……日頃の学校と同じ時間を部室で過ごしていた。
帰りは5人で傾斜のきつい坂を下り、途中から莉奈先輩と2人で帰る毎日。
だけど、ただ一緒に帰るだけ。
あの日……海浜公園での莉奈先輩の言葉に対して、俺は今も返答ができていない。だけど先輩は、そんなことを忘れたかのように普通に過ごして、今まで通り俺と会話をしてくれていた。
「良い曲、出来ているね。私、本当に嬉しい」
「莉奈先輩……本当にありがとうございました。俺、先輩があの時にストーカー&盗み聞きをしてくれなかったら、今頃壊れていたと思います」
「それ褒めてんの!? 複雑なんだけど!」
ふふっと笑いながら、俺の背中をパチンッと強く叩く。
最近はこの痛みにも慣れて来た。……なんて言ったら、とんだ変態みたいだけれど。
それだけ、莉奈先輩と過ごす時間も多いってことだと思う。
「てか莉奈先輩……そういや俺、聞きたいことがあったんです」
「何よ、改まって」
相棒が入ったハードケースを持ち直し、隣を歩く先輩の顔を覗き込んだ。
小柄な先輩。
えんじ色のリボンに負けないくらい染まった頬。
その様子に俺自身の頬も熱くなった気がして、心臓の鼓動が更に早まる。
「いや、その……。俺、莉奈先輩と大哉先輩って凄く仲が良いから……てっきり付き合っているのかと思っていたんですけど、違うんですか?」
「…………え?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした先輩。
暫くお互い黙ったままトボトボと歩き続けていると、突然先輩が大笑いをし始めた。
「ハハハハッ!!」
「えっ!?」
「柊斗くんのバーカ」
「えええ!?」
「バーカ、バーカ」
ドラムスティックが入った固いケースを、俺の尻を目掛けて何度も振る。
加減してやっているであろう、その行為。痛みは全く無いけれど違和感はある。唇を小さく噛み締めている先輩は、何度も何度も俺の尻を攻撃した。
「先輩、お尻が腫れます」
「……ねぇ、柊斗くん。私、大哉とはただの友達なんだけど」
「……」
「大哉とは、友達なんだけどっ!!!」
「分かりました、分かりました!! 先輩、すみません!!」
キリっと睨むように俺の顔を見上げている先輩の姿に、もっと心臓の鼓動が早くなった。
「…………」
俺は先輩から目線を外して、ハードケースを持っていない方の手を先輩に近付け……優しく、そっと小さなその手を握る。
一瞬驚いた先輩だったが、何も言わずに俺のことを受け入れてくれた。
「莉奈先輩、好きです」
「……」
「あの……海浜公園の時から、間が空いて……申し訳なかったですけど」
「……」
歩いていた足を止めて立ち止まった先輩は、俺から手を離して鞄とドラムスティックの固いケースを地面に置いた。そして俺の手からも鞄とハードケースを取り上げて、同じように地面に置いた。
両手が空いた俺たち。先輩は勢いよく俺に向かって飛び込んできて、そのまま力強く抱きつく。
「先輩……」
どうして良いか分からずに泳いでいる自身の手を先輩の体に回すと、より一層、先輩は俺に抱きついた。
「柊斗くんのバカ。好き」
「……俺も好きです、先輩」
夕方の路上で周りの目も気にせずに、俺と先輩は2人だけの世界。
俺の腕の中にスッポリと収まる小さな先輩。だけど大きく響く先輩の心音に、俺はただ静かに耳を傾けていた。