翌日の9時30分。
昨日莉奈先輩に言われた通り桜川海浜公園にやってきた俺は、乗ってきた自転車を植木の近くに置いて、木陰が差す海岸の石段に腰を掛けた。
カラッと晴れた青空が眩しい。
少し温くなっているペットボトルの水を飲みながらノートを広げ、先輩の到着を待つ。
言われた通り詩を複数考えてきた。
やっぱり思い付く詩がくさすぎて何度も悶えたが、頑張ってノートにちゃんと書いたのだ。
「眩しい太陽の下、きらめく君の姿に目を奪われた俺は……今もまだ、心はあの日に囚われたまま……戻れなくて……」
うーん!
口に出すと、より一層ダメだな!!
やっぱりこんなの、恥ずかしすぎて先輩に見せられないや……。そう思ってノートを閉じようとすると、突然目を塞がれ視界が真っ暗になった。
「え、何!?」
「柊斗くん、おはよう!」
「せ……先輩!?」
「正解っ!」
ゆっくりと手を離されて、眩しい太陽がまた視界に入る。
眩しさに目を擦ってから先輩の方に顔を向けると、ニコッと微笑んでくれた。
「お、おはようございます」
「詩、聞いてたよ」
「えっ!?」
「何が悪いの? ねぇ、何が悪いの!?」
「えええ!?」
普段は1本で束ねている髪の毛を、今日は下ろしている先輩。
いつもとは違う雰囲気にドキドキしながら、そっとノートに視線を落とす。
先輩は微笑みながら隣に座って、俺の顔を覗き込むように見てきた。
「……ていうか、莉奈先輩。聞きましたか? オリジナル曲を作らないと文化祭でのステージ発表の時間が無いってこと」
「うん、聞いたって言うか。涼華ちゃんと話していたのを聞いた。柊斗くんが去年書いた素晴らしい詩も……」
「それは忘れて下さいよ!!」
笑いながらそう声を上げたのに。
想定外なことに、莉奈先輩は真顔だった。そうして首を傾げながら言葉を発する。
「本当に素晴らしいって思っているのに、どうしてそうやって言うの?」
「え……?」
「昨日涼華ちゃんだって、君の詩が1番心に刺さると言っていたじゃん。国語の武内先生までそう言っていたってことは、本当にそういうことだよ。今既に先生2人と私の3人が、君の詩を褒めているんだよ? 何で君は君自身をそんなに毛嫌いするの?」
真っ直ぐな目でそう言う先輩の言葉に、俺は返す言葉が見つからなかった。
何でって言われても……。
「…………」
言葉が、継げない。
唇を噛み締めながら目線を少し遠くにやって、太陽の光でキラキラと輝く海を見た。
赤と白で塗られた大きなフェリーがやたら目に付く。
中から海を眺めている人たちは、これから観光にでも行くのかな。
そんなことを思いながら、そっとまた先輩の方に視線を戻す。
先輩は開いたままの俺のノートを覗き込んでじっくりと読んでいた。
「……先輩」
「柊斗くん」
「……」
「私、分かんないわ。こんなに素敵なのに」
スっと顔を上げて俺の顔を見た先輩。
暑い日差しのせいなのか分からないけれど、頬を赤く染めている先輩。
小さく口を膨らませて言葉を継いだ。
「私、柊斗くんの詩も好きだよ。君が弾くギターの音色も、ハードケースを譲らない頑固さも、君自身もっ!!」
「えっ?」
「とにかく、熱い真っ直ぐなその詩を曲に乗せてみようよ。私、最っ高のオリジナル曲が出来ると、確信してる!!!」
「莉奈先輩……」
その言葉を理解するのに、少々時間が掛かった。
また何も言えずに呆然としていると、バシッと力強く背中を叩かれる。
「いたっ!?」
「だけどね、私。柊斗くんのそういうところも好き」
「…………」
「そういう、自分を卑下するところも」
体内の血が凄い勢いで駆け巡り始め、頬が猛烈に熱くなる感覚がした。
軽く頬杖を付き、頬を染めたままの先輩。
俺も……何か言わなきゃ……。
そう思って次に継ぐ言葉を決めた時、自転車と植木の陰から人が3人も出てきた。
その3人は徐に俺らの方へ近付いて来る。ニヤニヤとした、3人組……。
「えっ?」
「ふっふー、良い雰囲気のところ悪いけれど、邪魔するで」
「えっ、え!?」
見慣れたその姿。
陰から出てきたのは、まさかの大哉先輩と神崎と明梨ちゃんだった。