廊下に出て扉を閉めると、視界に入ってきた1人の女子。
その女子は俺の姿を見ると大号泣し始めて、そのまま殴りかかってきた。
「ちょ、え。待って、莉奈先輩!? 何でここに!」
「うるさい!! 柊斗くんのバカ!!」
ポコポコと俺の体を何度も叩き、そのまま俺のネクタイを握って俯いた莉奈先輩。
目から大きな雫がポタポタと零れ落ち、廊下をそっと濡らしていた。
「……柊斗くん。ちょっと来て!!」
状況が理解出来ないまま、ネクタイを掴まれたままどこかへ連れ去られる。
莉奈先輩はズンズンと歩みを進めていき、辿り着いた先は特別教室棟の屋上だった。
いつも鍵が開いている不用心な屋上。
扉をくぐると、夏の暑い太陽の日差しが体に突き刺さり急激に汗が噴き出す。
莉奈先輩は俺のネクタイから手を離して、熱そうなコンクリートの段差に腰を下ろしてジッと俺の方を見た。
「莉奈先輩……どうしたのですか」
「どうもこうも無いよ。柊斗くん、私には悩みを話せないのに……涼華ちゃんには話すんだ」
「あっ……」
その表情は、嫉妬と呼ぶのか。
唇を噛み締めて悔しそうに俺の顔を見つめている先輩は、小さく体を震わせながらまた涙を流した。
嗚咽が混ざり始めた声で、ゆっくりと確実に言葉を紡ぐ先輩。
それを聞き逃さないように、小さなその声に意識を集中させる。
「そりゃ私よりも先生の方が頼れるとは思う。けれど、話すくらい良いじゃん。私、柊斗くんが悩んでいるなってことに、気付いていたよね?」
「すみません……」
「ちょっとは頼ってよ。君の先輩なんだから、私……」
莉奈先輩の胸元で揺れる、大きなえんじ色のリボン。同じように俺のえんじ色のネクタイも風で揺れ動く。
静かな屋上に響く生徒の声。窓が開いている教室から聞こえてくるのか、その声は鮮明に頭の中で響いた。
「てか、先輩……。何で俺が内山先生のところに居ること知っていたのですか」
「教室棟から見えたの。柊斗くんが特別教室棟に向かっているところが。職員室かと思ったけど通り過ぎたから、どこ行くのか後を追ってたの」
「…………」
「英語科準備室に入って行くからさ。聞き耳立てて、話まで聞いちゃった」
「…………」
先輩、それはストーカー&盗み聞きと言います……。
だけど真剣な表情をしている先輩に向かって、そんな言葉を口には出せない。
「そうですか」
俺もそっと先輩の隣に腰を下ろして、空を見上げた。
カンカン照りの太陽に、ムカつくくらい青々とした空。
夏って感じの空気感が何だかむず痒い。
「今日、部活行かないんでしょ?」
「はい……帰ります」
「ならさ、詩の案を考えといてよ」
「え?」
「で、明日休みじゃん? だからさ。……明日10時、桜川海浜公園に集合!!」
「……えっ!?」
ニヤァと、少しだけ意地の悪そうな笑みを浮かべた先輩は、「ふふっ」と小さく笑って言った。
「1人じゃ上手くいかないことも、2人ならいけるかもしれないじゃん! その案を基に、一緒に考えてみようよ」
「……先輩……」
涙目のまま微笑んでいる先輩の姿が、太陽の光で光り輝いて見える。
そんな先輩に向かって「お手を煩わせます」と小さく言うと「君の先輩でしょ、私」と言って、また更に微笑んでくれた。