ゾール教国軍の援軍達は、自ら武器を捨て、降伏の意を示した。
 それぞれ縄に括られ、一旦は捕虜として扱われる様だ。彼らの中には大陸に家族がいるから、と言っていたが、その場合はミュンゼル=ヴェイユ連合軍として参戦して国を救えばいいと説得をされている様だ。
 残っているのは、もうオルテガとフィーナだけだ。

「そういえば、ギュントとイジウドはどうした?」

 アデルが訊いた。
 彼としては、盗賊のギュントと魔導師のイジウドもこの中にいて欲しいと思っていた。そうでないと、彼の復讐は達成できないからだ。

「死んだよ。あいつらの御蔭で、俺はゾール教国の中でもそこそこ良い立場を貰えたんだ」
「なるほどな……お前得意の裏切りってわけか」
「それは違う。使えないあいつらが悪かったんだ。だから、教団の供物として提供しただけさ」
「そういうのを裏切ったって言うんだよ。まあ……今更どうでもいい話だな」

 アデルにはそのあたりの事情を深く考える気もなかった。
 おそらく、ゾール教国軍に襲われた際に、軍に反乱を促す者として仕立て上げるなどして、差し出したのであろう。
 そうでなければ、一冒険者風情のオルテガとフィーナがゾール教国軍の管理者として任されているわけがない。

「へっ……そういえばお前と真剣勝負をするのは初めてだな」

 オルテガがじりじりと距離を詰めつつ言った。

「慣れない事なんてして大丈夫か? お前の得意分野は不意打ちだろ?」
「ほざけ!」

 先制攻撃をしかけたのはオルテガだった。アデルは攻撃を紙一重でかわすと、オルテガの首を狙って剣を撥ね上げる。しかし、オルテガもそれを読んでいた様で、後ろに飛んでアデルの剣を交わした。
 パワーではオルテガに分があり、速さと武器のリーチではアデルといった感じだろう。しかし、その差は歴然としたものではなく、実力はほとんど同じとみて間違いない。

「〝紅蓮の斧使い〟と〝漆黒の魔剣士〟どっちが強いか決められると思うと、ワクワクするなぁ、アデル!」
「どうだか。勝敗を決するのが怖かったから、闇討ちするしかなかったんだろ? お前は俺に勝てるものがないと知るのが怖かったんだ」
「ちぃ……ッ! 言わせておけば!」

 そう言いながら、互いに剣と斧を打ち合わせる。
 二人は以前、同じパーティーとして、前線で背中を任せ合って戦っていた。互いの得意な姿勢、苦手な位置、そして攻撃の癖等も含めて、手の内を知り尽くしている。
 大きな斧を怪力で軽々と操るオルテガに対して、大きな剣で真正面から撃ち合うアデル。互いが互いの攻撃を紙一重で回避し、隙あらばと反撃の一撃を入れるがそれも回避してしまう。
 互いの攻撃は一撃必殺。一発でも攻撃が当たれば致命傷だ。
 広い平地を活かして、アデルは一旦距離を取ってから、駿足でオルテガの周囲を走り回る。オルテガは目でだけアデルの動きを追い、アデルが斬り掛かってきた瞬間にそちらを向いて、戦斧でその攻撃を防ぐ。
 そこで二合・三合と剣戟を撃ち合わせた後は、もう一度距離を置いて、高速で移動した。アデルはその動きの中で、腰にある短剣(ダガー)を投げて、オルテガの体目掛けて投げつける。
 しかし、それを易々と食らうオルテガではない。オルテガは戦斧でその短剣(ダガー)を叩き落として、脚に力を入れる。そして、まるで流星の如く速さで一直線にアデルへと攻撃を仕掛けた。
 アデルはそれに動じる事もなく、上体を左右に反らしてオルテガの連続攻撃を避ける。そして後ろへと跳んで、距離を空けた。そこにオルテガが深追いしてきたところに、今度はアデルの剣撃による反撃だ。〝竜喰い(ドラゴンイーター)〟による重くて速い攻撃が、オルテガに加えられる。今度はオルテガが防戦となっていた。
 周囲で見ている者からすれば、そのアデルの動きはまさしく剣舞の様に美しく、そして幻惑の様でもあった。目で追っていても、動きを追えないのである。

「凄い……」

 二人の動きをただぽかんと眺めているしかないカロンは、そう本音を漏らした。

「ああ……次元が違うな」

 その戦いを見ながら、ルベルーズ領の〝亡命騎士〟エトムートが呟いた。その言葉に、「全くだ」とベルカイム領の〝聖騎士〟ロスペールが頷く。
 今この場で繰り広げられている戦いは、ヴェイユ王国最強の騎士である二人であっても、足元にさえ及ばない程だったのだ。おそらく、彼らであったとしても一分とて戦えまい。

「こんなに強かったのね、彼は」

 近衛騎士シャイナは大きく溜め息を吐いて木に凭れかかると、腕を組んだ。

「あれでは加勢もしてあげられないわ。悔しいけど、アデルに賭けるしかないわね」
「勝つよ、アデルなら」
「そうだといいけどね」

 ルーカスとシャイナが、軽口を交わし合っていた。

「アデル、負けんじゃねえぞぉ……! そんな奴となんて、いくら俺でも戦いたくねえんだからな……!」

 〝王妃の懐刀〟アモットが拳に力を入れて、戦況を見守る。
 万が一アデルが負ける事があれば、このオルテガという男と戦わなければならないのは、彼らだ。
 オルテガは汚く卑怯な戦士ではあるが、実力は本物である。彼らでは束になっても敵わない事は、アデルもわかっていた。
 だからこそ彼は、極限まで精神を研ぎ澄まし、身体の限界を超える攻撃を加えている。数多として戦ってきたアデルの戦闘経験の中でも、ここまで身体を酷使したのは初めてだった。今は速さで優位に立てているが、これも長続きするものではない。
 しかし、それはオルテガも同じだった。互いに互いの限界を超えて、過去にない程の力を全て引き出して相手にぶつけている。何か一つのミスで致命傷を負う事は間違いなかった。一瞬でも気が抜けず、肉体的・精神的な疲労がどんどん積み重なっていく。

(でも、負けられない……俺の大切な人達を、これ以上こいつに傷つけられて堪るか!)

 アデルは距離を置いた刹那、ちらりとフィーナを見る。
 元恋人は二人の戦いをぼんやりと見ているだけだった。彼女が今回の一件で心に大きな傷を負ってしまったのは間違いないだろう。そして、もう自分では彼女を救えない。彼はそれも何となくわかってしまっていた。

(フィーナはもう救えないかもしれない。でも、俺の命を捧げてでも……この国と、そしてアーシャだけは守る。守って見せる)

 アデルは剣の持ち方を変えて、大きく息を吐いた。
 長く戦い続けて、どちらかのミスを待つのも良いが、だが──オルテガとは、はっきりと決着を付けたかった。
 それは彼が、未来を歩く為に必要な事だったのだ。

(やるしか、ないな……)

 捨て身の覚悟で、反撃の一打を狙う──もうこの戦いに勝つには、それしかなかった。