解放軍がベルカイム領を出発して王都の方角へと向かっている、との情報がアデルの元に入ってきた。アーシャ達は王都解放へと向けて、着々とこちらに近づいてきている様だ。
 民衆達の間でも、早くグスタフの圧政から解放されたいという声が上がっていて、解放軍の到着を心待ちにしている。
 一方のグスタフ軍はというと、ルグミアン川の大橋で何とか解放軍を食い止めようと兵を大きく割いていた。ルグミアン川の大橋は一本橋しかなく、伏兵を用意して待ち伏せするにはもってこいの場所なのである。
 投石器や大型の弩などを用意して、狙い撃つつもりの様だ。
 ただ、ルグミアン川を渡るのは大橋だけではない。上流の森を抜け、浅瀬から歩兵を送り込んで回り込ませれば、問題なく攻略できるだろう。
 おそらく、解放軍がここ王都に辿り着くまで、あと数日。そして、それはアデルの決戦も近付いてきているとも言えた。

「アデル、俺だ。アモットだ」

 部屋の扉がノックされたかと思うと、扉越しでそう話した。
 鍵を開けて部屋の中にアモットを招き入れると、彼はルーカスが使っていたベッドに腰掛けた。

「ひとり部屋、羨ましいな」
「まあな、気楽だよ」

 アモットとアデルはそんな会話を交わして、正面に向かい合って座った。
 この部屋は元々カロンとルーカスとアデルの三人部屋だったが、今は二人がいなくなり、アデルひとりで使っているので、実質一人部屋なのだ。

「解放軍の首尾は順調だ。予定通り、あと五日もすればヴェイユ王都に着いて、ここも戦場になるだろう」
「そいつはよかった。で、俺はどうすればいい?」
「ゾール教国軍の援軍の到着も五日後とされている」
「五日後にグドレアン港に着くのか? それなら、援軍が王都まで辿り着く前に戦が終わるんじゃないか?」

 グドレアン港からヴェイユ王宮までは、どれだけ急いでも数日はかかる。今の勢いに乗っている解放軍ならば、援軍が辿り着く前に決着を付けられる可能性が高かった。

「いや、それが奴ら、どうやらラトロンブの港に入港するらしい」
「ラトロンブ? あそこは廃港だろ」

 ラトロンブ港はアデルがこの国に所属するより随分前に廃港となっており、使うもの等誰もいない港だ。もともとは漁港として使われていたそうだが、港自体が小さく、場所も入り組んでいたので、使い勝手が悪かったそうだ。
 そのうち、グドレアン港の方がヴェイユの入り口として認知されて人が集まり、ラトロンブ港は一気に廃れて廃港となった。

「ああ。だが、ヘブリニッジ戦役以降は管理も調査もされてない。王都から近い上に、ひっそりと入港するにはうってつけの場所なのさ」
「そうだった……」

 アモットの言葉に、アデルはうなだれる。
 ラトロンブ港は使い勝手こそ悪いが、王都からはそれほど遠くはなれていない。馬を四半日も走らせれば、解放軍が王都に攻め込むタイミングで背後から襲い掛かれる。立地としては最悪だ。
 ラトロンブ港は廃港で立ち入り禁止とされている場所でもあり、普段は王宮兵団によって管理されていた。しかし、この一年はそこまで手が回らず、管理どころか海賊が住み着いていないかの調査すらされていない。招かれざる者を招く港としては、丁度良い場所だったのである。おそらくこれも、グスタフ側が増援を依頼する際に指示したのだろう。

「それなら、俺が先にラトロンブ港で待ち伏せればいいんじゃないか? 奇襲をかけた方が効率的だろう」
「いや、ダメだ。王都から急いで四半日もかかる場所では、こちらの戦いが終わってからお前に援軍を送れない」
「……肝心な事を忘れてたよ」
「おいおい、頼むぜ。五〇騎全員倒すつもりかよ」

 アデルの役目は王都が解放されるまでの間、ゾール教国の援軍を足止めする事だ。敵を殲滅する事ではない。
 王都解放戦争が終われば、速やかに解放軍から援軍を送って、ゾール教国を撃退する。アデルの役目はそれまでの間の時間稼ぎである。逆に言えば、殲滅をしなくても時間さえ稼げば良いのである。

「王都を解放してからお前に援軍を送るまでの時間と、万が一()()()()()()()ゾール教国軍が王都に辿り着くまでの時間を稼げつつ一人でも戦いやすい場所となると……」

 アモットはヴェイユ島の地図を広げて、王都とラトロンブ港の間にある森を指差した。

「ここ、サイユの森だ」
「サイユの森か。俺は行った事がないんだけど、どんな場所なんだ?」

 アデルは王宮兵団に入って以降、ラトロンブ港の調査任務にはついた事がない。当然、このサイユの森も通った事がないのだ。

「サイユの森は細い一本道しかない森道だ。先が廃港なもんだから、道も整備されてない上に森も深い。一対多数で戦うには、うってつけの場所ってわけさ」
「なるほど。それは俺にとっても助かるな」

 さしものアデルとは言え、五〇騎同時に攻撃を仕掛けられては敵わない。狭い場所で可能な限り一対一で戦わないと、とてもではないが処理し切れる戦いではないのだ。

「俺はいつサイユの森に行けばいい?」
「奴らがラトロンブ港に到着する時刻は、どう早く見繕っても五日後の早朝だ。朝九時までにサイユの森にいてくれれば、問題ないだろう」
「了解、それよりは早くに着いておくようにするよ」

 話も終わったので、アモットが地図を丸めている手をぴたりと止めた。

「アデルよ。これだけは言わせてくれ」
「なんだ?」
「俺はこう見えて、お前の男気を買っている。だから、絶対に死ぬな。王宮内を制圧したら、俺もすぐに助けに向かう。それまでは、どうか耐えてくれ」

 アモットがじっとアデルを見て、まるで懇願するかの様に真剣な眼差しで言った。

「生きるさ。生きて依頼を達成しなきゃ……報酬は貰えないからな」

 アデルは肩を竦めて、そう答えて見せた。
 それは、彼が未来を得る為の戦いだ。その戦いに勝てなければ、二人が望む未来は手に入らないのである。
 愛する人との約束を守る為に、彼は死ぬわけにはいかないのだ。