ヴェイユ解放戦争は後半に差し迫っており、後はルグミアン川の大橋と王都を制圧するのみとなっていた。
 亡国ミュンゼルの騎士団が加わった事で、解放軍の力は大幅に増強され、ミュンゼル騎馬隊を主軸にグスタフ軍を一網打尽にした。おそらく、この戦いに勝てるであろう事を間違いない。
 今、解放軍はベルカイム領で休息を取っている最中だ。これから来る戦に備えた、最後の休息と言っても過言ではない。館の中ではあちらこちらで宴が催されており、皆が酒を飲み戦いの疲れを癒していた。
 しかし、そんな中、元王宮兵団にして、ヴェイユ解放軍・弓戦士ルーカスはうんざりとした気持ちを感じながら、領主館の中を歩いていた。

(全く……嫌になるな)

 弓戦士は心の中でそう愚痴った。
 ルーカスは王宮兵団として、これまで国に尽くしてきた。しかし、行き着いたところはその守ってきた同国民同士の争いだ。やるせないにも程がある。
 しかも、同期入団したアデルやカロンはしっかりと立ち位置を確保しているのにも関わらず、ルーカスだけは未だ大きな戦果を上げられていない。
 元銀等級の冒険者アデルは力や経験から同列に見られないのは仕方ないとは思っていたが、同じくほぼ実戦経験の無かったカロンでさえも、この解放戦争でその才能を開花させ始めていたのだ。
 おそらくアデルから一年間ほぼ毎日の様に稽古をつけられていたのが実を結んだのだろう。彼は高い剣技を身に着け、更には馬上での戦い方を〝亡命騎士〟エトムートに教えを請う事で、戦闘力を更に高めていった。今やカロンは、解放軍の上位に入るほどの実力者だ。
 彼はもともと下級貴族の生まれで、幼い頃から剣術などの訓練を受けていた。更に、末っ子であるが故に継承とも関わりがないく、自由な立場でもあった。そこで、その自由な立場である事を利用し、実戦で経験を積む為にわざわざ身分の下がる王宮兵団に志願したのだと言う。
 カロンは騎士たるもの民を守る為に強くならなければならないと思っていたそうで、その信念に沿って実力を身に着けていたのである。その向上心が結果として出ているだけなのだ。
 しかし、ルーカスはそうではない。猟師として鍛えた弓の力に自信は持っていたが、それが兵士達の中に入るとこうも凡庸になるのかと自らに落胆せざるを得なかった。
 そもそも、ルーカスが王宮兵団に加入した理由も、カロンほど大きな志があったわけではない。ほぼほぼ下心で、動機としては不純だった。
 下心……それは、この国の王女にして〝ヴェイユの聖女〟アーシャに近づきたいという、分不相応な願いだったのだ。
 ルーカスは王都で一度アーシャの姿を目にしてから、彼女に虜となってしまった。そこから家族の反対を押切、猟師を辞めて王宮兵団に入団したのだ。兵士として名を上げれば彼女に存在を認知してもらえると思っていたのである。
 しかし──彼の目標は、あまりにも遠かった。同期にアデルという元銀等級の冒険者がいる他、見習い騎士の位を持つカロンもいて、二人共優秀だった。目立ってアーシャに認知されるどころか、目立つ同期二人を遠くから眺めては自分に落胆する日々を送る様になっていたのだ。
 そして、そのアーシャはどうやら同期のアデルにお熱らしいという事にもルーカスは気付いている。
 アデルはアーシャ王女の推薦で王宮兵団に加入した元冒険者である。これは扱いとしてはかなりの異例だったで、王女が過去にそういった人事に介入した事などはないそうだ。当時、文官達も唐突な王女の推薦にかなり慌てたらしい。それに加えて、アーシャは城内でアデルを見つけると、いつも嬉しそうに彼に駆け寄ってはちょっかいを出していた。
 そんな場面を頻繁に目にすると、さすがに彼女が誰に好意を持っているかは誰でも気付く。王宮兵団に所属する兵士の多くは姫がアデルに好意を持っている事に気付いていたし、それに対しては皆が見て見ぬふりをしていた。
 兵士達はアデルに嫉妬したところで意味がないと感じていたからだ。彼が実際に誰よりも強い事も、そして有能な事も皆がわかっていた。
 アデルは長く一人で冒険者をしていた事から、とにかく要領が良い。自分の仕事をとっとと終えて他の者の手助けに回る事も多く、彼に救われた兵士も数多といるのだ。そして、それはルーカスやカロンとて例外ではなかった。同期であるが故に、最も彼に助けられた者達と言えるかもしれない。
 無論、一部の上級騎士や将軍からは疎まれていたが、それもアデルが成り上がって自らの権力を脅かす危険があるが故だろう。
 ルーカスは自らの才能を信じて王都に出たが、そこで目の当たりにしたのは周囲の凄さと自らの矮小さだった。弓の技術をとっても、兵士達の中にはもっと優れた者がいる。自分の才能の限界を感じ始めていたのだ。

「この戦が終わったら故郷に帰るのもありかな……って、あれ?」

 もう一度溜め息を吐いた時だった。カロンが物陰から隠れて、砦の渡り廊下の方を見ていたのだ。