「いや、待ってくれ。それは俺だけの意思で決めていいものじゃなくて、アーシャ王女の意思の方が大事なわけで……」

 すると、王妃は顔を綻ばせてくすくす笑った。その笑い方がアーシャそっくりで、思わずどきりとする。

「これはアーシャが望んでいる事なのですよ、アデル」
「アーシャ王女が?」
「はい。あの子は賢い子です。おそらく私が何かをアデルに託そうとしている事も察していたのでしょう」

 アデルに無茶をさせるつもりであるならば、私と彼の交際を許可する事──これが娘から王妃に出された、アデルを頼る条件だったそうだ。
 アーシャからこの申し出を受けたのは、ほんの数日前の面会だった。彼女もアデルがルベルーズに同行しない事に、何か母の意図を感じていたのだろう。それに釘を刺したのだ。

「それとも、大切な娘の純潔を奪ったとして、あなたを罰した方がいいですか?」
「ばッ──! 奪ってねえよ!」

 王妃がとんでもない事を口走る。不敬にも思わず王妃を罵りそうになってしまうアデルであった。

「あら、そうだったのですか? 毎週密会しているとの事だったので、てっきりそういう関係なのかと思っていました」

 全てを見透かしたかのごとく、王妃はころころと楽しそうに笑う。
 壁に耳ありと言うが、王妃は自らの力を用いてか、アデルとアーシャの関係すらも既に知っていたのである。

(糞……なんて恐ろしい女だ)

 アデルは王妃の幼い笑顔の裏に、そんな恐怖心を抱くのだった。
 彼女が大陸六英雄として活躍したのも、そしてヴェイユ王国の王妃として君臨するに至った事も、ただ自然にそうなったのではない。彼女はそうした狙いを持って、動いていたのである。
 今回の解放戦争を蜂起させる動きも同じだ。黒幕はリース王妃で、彼女はここに来たるまで、軟禁された状態でずっと準備をしてきたのである。
 こうしてリーン王妃の姿を少し垣間見ると、ロレンス王が安心して国を離れられたのも頷ける。この王妃がいれば問題ないと踏んでいたのだ。国王とてグスタフ宰相がここまで手のひらを反すとは思っていなかったのだろうが、何があっても王妃がいれば何とかすると信用していたのだろう。

「ちっ……絶対にその報酬について忘れるなよ。俺は冒険者人生に於いて、これまで一度も依頼には失敗した事がないんだ。今回のも、やっぱり無しとは言わせないぞ」
「はい、もちろんです」

 にこにこと笑みを浮かべながら、王妃が言う。まるでお使いを頼んだ際のお小遣いの様な雰囲気で娘を差し出すと言うものだから、恐ろしい。
 だが、これはある意味、王妃の覚悟を示しているとも言えた。お前の望む物なら何でもやるから助けてくれ、というのが王妃の本心なのである。
 その本心を察し、アデルは大きく溜め息を吐いてソファーから立ち上がった。契約は成立だ。もうこれ以上からかわれるのも御免だった。

「アデル」

 扉に向かって歩いていると、王妃がアデルを呼び止めた。
 アデルが振り向くと、王妃は深々ともう一度頭を下げて、こう言った。

「アーシャとヴェイユを……宜しくお願い致します」