「援軍の足止めって……そんな無茶な! 相手の数もわからないのに、俺だけで倒すなんてさすがに無理だ!」

 リーン王妃の頼みは何があっても聞こうという覚悟を持っていたが、さすがにこれには素直に頷けなかった。死んでくれと言われている様なものである。

「無茶は承知の上です。この様な事など、貴方にしか頼めません。無論、敵を殲滅せよとは言いません。解放軍が勝利をすればすぐに援軍を送るので、それまで何とか持ちこたえて下さい」

 王妃によれば、援軍の数はそれほど多くはないそうだ。
 ゾール教国も戦争に戦争を重ねたせいで、兵力をかなり消耗しているのだと言う。だからこそ、今回はわざわざ使者を出してきて、ゾール教国の傘下に入れ、とヴェイユ王国にある程度の自治を認める交渉をしてきたのだ。この一年間、ゾール教国は恐ろしい勢いで勢力を広めたが、その綻びが出て来始めたのだろう。
 ただ、それであっても敵が何人来るかわかったものではない。仮に一〇〇騎以上の強者が援軍として上陸してきたら、アデル一人で食い止めるのは不可能である。
 そういった敵の情報等は王宮内にいる王妃の密偵から秘密裡にアデルに伝えるとの事だが、肝心なアデルに援軍を寄越す要件が『解放軍が勝ったら』と来ている。即ち、解放軍が負ければ食い止めていても彼を待つのは死だけなのである。

「俺を買い被り過ぎだ」
「私はそうとは考えていません。それは私の夫も同じです」
「ロレンス王も?」
「はい。もしもの際はあなたを頼る様に、と夫は出陣前に私に言っておりました」

 その言葉にはアデルも驚きを隠せなかった。
 ロレンス王はヘブリニッジ戦役への出陣の際に、もしも何かあった際に頼る人物の名として、アデルの名を挙げていたのだという。入団後のアデルの功績や真摯な仕事ぶり、そして冒険者としての経験や戦闘能力を、ロレンス王は評価していたのだ。カロンの予測はあながち外れていたわけでもなかったのである。

「お願い致します……」

 いきなり知らされた数々の真実に対してアデルは狼狽を隠せなかったが、王妃は彼に深々と頭を下げて懇願した。
 一国の王妃から頭を下げられて、断れるわけがない。ロレンス王がいない今、彼女がこの国のトップなのだ。

「……わかった、わかったよ。国のトップが俺なんかに頭を下げないでくれ。〝漆黒の魔剣士〟アデルの名において、その依頼を受けさせてもらう。それで、報酬は何をくれるって言うんだ?」

 これだけの危険な依頼だ。それ相応のものでないと、さすがにアデルも納得がいかなかった。
 しかし、リーン王妃の口から出た報酬は、更にアデルを驚かせるものだった。

「報酬ですが……アーシャをお任せする、というのでどうですか?」
「は?」

 唐突な王妃の言葉に、理解が追い付かない。冗談かと思ったが、彼女の表情は真剣そのものだ。

「あなたが望むのであれば、あなたを騎士として叙勲し、娘との婚姻を認めましょう。その場合はあなたにはこの国の王となる事が求められますが……それを望まずアーシャを連れてどこかに行きたいというのであれば、私はそれを止めません」

 話が飛躍し過ぎていて、アデルの頭が追い付かない。
 アデルはほんの一年前まで冒険者で、今は一介の兵士の一人に過ぎない男だ。そんな自分が騎士に叙勲され、王女との婚姻を許され国の王になるなど、理解が追い付くはずがなかった。

「おいおい……リーン王妃、あんたは娘を冒険者に売るつもりなのか?」
「売るだなんて、そんな。アデルが一番欲しいものを、と思っただけですよ。それとも、違いますか?」

 王妃が色っぽい笑みを浮かべると、悪戯げな表情をする。そこにはからかいの意図も含まれている様でもあった。