「知っての通り、ドルフィーの背後にはグスタフ宰相が控えています。彼はもはや私の言う事に耳を貸さず、このままでは確実にこの国の未来は途絶える事となるでしょう」
「……それで?」
「時期が時期だけに、厳正的確かつ慎重な対応が望まれる、という事です」

 王妃はポットをテーブルに置くと、アデル達の処分の理由について話した。
 まずは、グスタフ陣営がアデル達三人の将軍への無礼があったとして、何らかの処分を求めた事が切っ掛けだ。本来その様な処分など必要がない事は、王女であるアーシャが証言している。
 しかし、リーン王妃はそこで敢えて仲裁役を買って出て、アデル達を処罰する事で場を収めた。アデル達三人にそれぞれ処罰を与える事で彼らの自由を獲得させようと目論んだのだ。無論、グスタフ側に身を引かせるという意図もある。

「その自由を獲得させる事の本当の狙いは?」
「カロンとルーカスは兵団と王都から追放し、ルベルーズ領へと向かう様に伝えてあります」
「なるほど、解放軍の戦力補強か」

 アデルの言葉に、王妃はこくりと頷いた。
 王妃に説明されて初めて知った事であるが、今回の様にグスタフ陣営と揉めた兵士達は全て追放処分とし、ルベルーズ領へ向かう様に陰ながら指示していたのだという。
 アデルが捕らえた者の多くも追放処分とされ、密かにルベルーズ領へと送られていた様だ。

(王宮兵団の人数が減ったわけだ)

 ここ数か月でアデル達が忙しくなったのは、兵団の完全な人数不足だった。それは、王妃と彼女に通ずる文官達による、ルベルーズ領へ戦力を送る為の地道な作業だったのだ。
 グスタフ陣営とてしっかりと注意を払っていれば気付けるのだろうが、それに気付かぬ程の無能しか彼らの陣営にはいない様だ。

「で、何で俺は謹慎停まりなんだ? それなら俺もルベルーズ領に行って戦線に参加した方が良くないか?」

 アデルの実力であれば、今のヴェイユ王国の兵士など襲るるに足りない。アーシャを守る為にも、彼としては解放軍に参加したいのが本音だった。

「王都を解放する事だけを考えるならば、それが得策です。しかし、事はそう単純ではありません」
「というと? グスタフの野郎になんか奥の手でもあったっていうオチか?」

 アデルの言葉に、リーン王妃がこくりと頷く。

「私もどうしてグスタフ陣営がこれ程の余裕を持っていたのか気になっていたのですが……彼らは解放軍が王都に攻め入った時に、その背後をゾール教国に襲わせるという事を画策していたのです」
「ゾール教国? まだヴェイユはゾールの傘下には入ってないんじゃないのか」
「実は先月、ゾール教国からの使者がこの国に訪れていた様です」

 リーン王妃は信頼できる者を密偵として放ち、島の各地から情報を収集させていたのだという。そこから見えてきたのが、グスタフ側の売国とその取引だ。

「そこでグスタフは、ゾール教国側の傘下に入る事を条件に、援軍を寄越すとの約束を取り付けていた、という事です」
「なんてこった……最悪だ」

 元々ギリギリの戦力で戦わざるを得ない解放軍だ。背後から歴戦のゾール教国兵からの奇襲を受けては、とてもではないが戦況を維持できないだろう。

「そこで、アデル。私はあなたには、王宮兵士としてではなく、銀等級の冒険者・アデルとして、私個人……いいえ、()()()()()()依頼を出したいと思っています」
「依頼って、まさか……」

 アデルの嫌な予感を肯定する様に、王妃は頷いた。

「はい。その援軍の、足止めをして欲しいのです」