教会での事件の翌日、色々な動きがあった。
 まずはカロンとルーカスだ。彼ら二人はドルフィー将軍と揉めた事を理由に、王宮兵団から解雇された上に、王都からの追放処分とされたのである。明らかに重過ぎる処分ではあるが、彼らは何も文句を言わず、黙って荷物をまとめて王都から出て行った。
 そして、一方のアデルはというと、謹慎処分を言い渡され、更に意外な場所に呼び出されていた。その場所とは何と、アーシャの母君・リーン王妃が隔離されている塔である。
 昨日の夜、部屋に顔をフードで隠した王妃の使者と名乗る者から手紙を渡された。そこには王妃のサインと今日この塔に来る旨の文言とその時刻のみが記載されていたのである。手紙にはそれ以外の内容については一切触れられておらず、おそらく以前シャイナが言っていた『特別な任務』を言い渡されるのだろうと予測した。
 また、時を同じくして、カロンとルーカスにも王妃直筆の手紙が送られており、今回の追放処分に従う旨が記載されていたそうだ。彼らが文句を言わずに追放処分に従ったのは、この為である。カロン達の兵団追放処分やアデルの謹慎処分に関しては、王妃側の何らかの狙いがあるのは間違いなさそうだった。
 リーン王妃は王宮の離れにある塔に隔離・軟禁されており、塔の周囲や廊下には厳重に警備体制が整えられていた。門番をしていた兵士にリーン王妃の手紙を見せると、扉を開けてくれた。

「あまり長居はしないでくれよ。グスタフ側の兵士がここの警備にいないタイミングは、今しかないんだ短いんだ」

 門番の兵士は声を潜めて言った。
 王妃はグスタフ側には知られるとまずい話をしたいのであろう。おそらくアデルの知らない水面下での争いが王宮内にあるのは間違いなさそうだった。一介の王宮兵士に過ぎないアデルにそれらの事情が知らされていないのは仕方のない事だった。
 しかし、一介の王宮兵士に過ぎない自分に一体何の用事があるのか、彼は全く想像もできない。

「鍵は開いてます。どうぞ、お入り下さい」

 塔の最上階まで登って部屋の前に立つと、中から王妃の声が聞こえたので、アデルは一礼してから部屋へと入った。
 部屋の中には最低限の生活が可能な家具が置かれている程度で、質素でほとんど何もない部屋だった。置かれている家具に関しては高級品だが、王妃を軟禁するにしてもあまりに不遜ではないか、と思う程だ。
 部屋には王妃が一人いるだけで、二人きりだった。
 王妃を近くで見たのは初めてだったが、とても美しい女性だった。アーシャの母なのだから、もう三十半ばを超えているはずなのだが、年齢は十程若く見える。ウェーブがかった紫色の長い髪はそれだけで色気と気品さを漂わせていた。

「王宮兵団アデル、馳せ参じました」

 アデルは床に片膝を突いて言うと、「今はその様な作法は不要ですよ。()()()()()()()()()()、楽にして下さい」と王妃が笑った。どうやら、アデルとアーシャの二人だけの秘密をある程度察している人間が、ここにもいるらしかった。
 アデルが呆れた様に「わかったよ」と言葉を崩すと、王妃はアーシャとよく似た優しそうな笑みを浮かべて、その紫髪を揺らした。
 
「……それで、俺を呼び出した理由は?」
「そうですね、今は無駄話をしている余裕はありませんから、早速本題に入りましょう。実のところ、私は昨日のトラブルの仲裁役を買って出ました」

 王妃の言葉に、アデルは「仲裁……?」と首を傾げた。
 昨日の出来事に仲裁が必要とは思えなかったからだ。

「貴方の言いたい事は解ります。昨日の件は、明らかにドルフィー将軍側の暴走です。本来仲裁が必要となるようなケースではないのですが、これにも色々な事情があります」

 王妃がソファーに腰掛ける様に手で促したので、アデルは言われるがままにソファーに腰掛ける。
 リース王妃はティーカップをアデルの前に置くと、紅茶をポッドからカップに注ぎながら話を続けた。