アデル達が教会のドアを開けると、中には武器を構えた暴徒達がいた。その中心には、ティクター伯爵がいる。魔導の杖を持っているところを見ると、ティクター伯爵が召喚術師な様だ。

「付近は完全に制圧しました。武器を捨てて投降して下さい。我々はこれ以上無益な血を流したくありません」

 カロンがティクター伯爵達に言った。彼が同行している際は、こういった交渉ごとは彼に任せている。
 
「その言葉に偽りはないでしょうな?」

 ティクター伯爵は訝しんだ視線をアデル達に向けていた。
 伯爵とは顔見知りのはずであるが、全く以て信じてくれている気配がなかった。

「もちろんです」

 カロンが真剣な眼差しでそれに対して答える。

「いけません、ティクター伯爵! こいつらは血に飢えた悪魔です! 外の惨状を見て下さい! 何人の同胞が殺されたか!」
「しかし、こうしていても死を待つだけでしょう。私の渾身の召喚術も彼らには通じなかった。もはやどうしようもありません」

 ティクター伯爵の横にいた若者がこちらを睨みつけて言うが、伯爵にはもはや抗うつもりはなさそうだ。
 もともと平和主義者の貴族だ。交渉で拗れる可能性も少なそうなので、ほっと胸を撫でおろす。

「申し訳ありません、ティクター伯。我々が軽率にも兵士と争ったばかりに……」
「過ぎた事を悔いても仕方ありません。それに、ここにいる王宮兵団とは面識があります。さっきまで暴れていた騎士団と違い、我々に対して非道な仕打ちをする人間ではありません」

 ティクター伯爵がアデル達をちらりと見る。
 どうやら、アデル達の事も覚えていてくれたようだ。

「わかりました。投降しましょう」

 伯爵はアデル達の前に出て、そう言った。
 伯爵のその言葉と共に、若者達も続けて武器を地面に置いていく。暴動はこれにて終結といったところだろうか。

「速やかな対応を感謝します、伯爵」

 カロンが改めて伯爵と後ろの暴徒達に頭を下げる。
 こういった丁寧な対応はアデルにはできないので、案外彼に助けられている事が多いのであった。

「アデル殿。お久しぶりです」

 ティクター伯爵はアデルの前に立つと、目元に笑みを浮かべて頭を下げた。

「ああ、久しぶり。茶を振舞ってもらって以来か?」
「はい。久しぶりの再会がこの様な場になってしまい、申し訳ない限りです」

 以前、アデルはティクター伯爵や数名の貴族から、冒険者時代だった頃の話を聞かせて欲しいと茶会に誘われた事がある。
 ロレンス王が健在で、まだこの国が平和だった頃の話だ。

「……今回の騒ぎは、下の者を抑えられなかった私の責任です。どうか彼らを罰しないでほしい」

 ティクター伯爵はアデルをじっと見て言う。それは命令とも取れる様な目つきでもあった。

「それは俺達が決める事じゃない。でも、あなた達が積極的に攻撃を仕掛ける意思を持っていなかったという事に関しては、俺達が証明するよ。とりあえずは安心して──」
「よぉし、そこまでだ!」

 アデルの言葉を遮る様にして、威圧的な声が教会の中に響き渡った。
 後ろを見ると、ドルフィー将軍とその配下の兵士達が並んでいた。

「ドルフィー将軍……戻ってこられたのですか」

 カロンが嫌そうな顔をして言うが、将軍は気にした様子もなくのしのしと歩み出た。

「落ちこぼれの王宮兵団にしては上出来だ。だが、ここから先は我々が処理する。指揮権は譲ってもらうぞ。それとも、手柄を独り占めして王女様のご機嫌でも伺いたいか、〝漆黒の魔剣士〟アデルよ」

 アデルの前に立つと、ドルフィー将軍はにたりとした笑みを浮かべる。

「下衆の勘繰りだな。生憎、手柄には興味がないんでね。好きにしろよ」

 アデルは肩を竦めて道を開けると、将軍は卑しい笑みを浮かべた。

「では、お言葉に甘えて……で、ティクターってのはどいつだ?」
「私だが……」
「よし、ティクター伯爵。貴様はこちらに来い」

 ティクター伯爵が重々しい雰囲気のまま前に出てドルフィー将軍の横に移動した。
 そして、ドルフィー将軍はにやりとした笑みをアデルに向けると、部下にこう命じた。

「他の奴らはどうでもいい。殺せ!」