「ほんと、嫌な奴ですね、ドルフィー将軍」

 立ち去るドルフィー将軍達の背中に向けて、カロンが小さな声で言った。

「まあ、あいつの事はどうでもいいさ。それより、どうするよ」

 アデルは周囲に転がる死体を見やってから、教会へと視線を移した。
 後を任されたと言ってもこれである。やりようがなかった。

「とりあえず、教会に行って降伏勧告をしましょう。もう血は流さなくて良いと伝えないといけません」
「だね。いつもの通りのパターンだよ」

 カロンとルーカスがそれぞれ答えた。
 もう一度周囲を見渡すと、そこには暴徒達の死体だけが転がっていた。二人はいつも通りというが、ドルフィー将軍がこれほどまでに()()()()()後だ。降伏勧告は困難を極めるだろう。

(まあ、でも今回は剣を使わずに済みそうかな……)

 アデルが一瞬思った時である。
 彼らの前に、急遽六芒星が空中に現れた。

「な、何ですか、これは……?」
「めちゃくちゃ嫌な予感がするんだけど」

 カロンとルーカスがそれぞれ言葉を口にする。
 その嫌な予感とやらはほぼ当たりだろうな、と思っていると、案の定六芒星の中から魔物が這い出てきた。しかも、斧を持った牛の顔の大きな魔物と、槍を持つ豚顔の魔物である。かなり強力な魔物だった。

「なッ、嘘でしょ!? 何だよ、こいつら!」
「……召喚魔法だな。教会の中には優れた召喚術師がいるらしい」

 ルーカスが悲鳴にも似た抗議の声を上げ、アデルは嘆息してそれに応える。
 アンゼルム大陸の中には、魔物と一時的に契約する事で従わせる事のできる召喚術師がいるのだ。術者の魔力によっては無限に魔物を生み出す事も可能で、厄介な連中でもある。

「こんな魔物、ヴェイユ島では見た事がありません。アデルさんは知ってますか?」
「ああ、よく知っているさ。ミノタウロスとオークだ。オークはまだ良いとして……ミノタウロスが厄介だな」

 ミノタウロス──牛の頭を持つ魔物で、大陸の方では遺跡や洞窟の中で稀に出会う事がある。
 かなりの強敵で、DランクパーティーやCランクパーティーであれば、倒す事すら難しいだろう。ミノタウロスに殺された冒険者達も多いと聞く。

「それにしても、こんな強力な魔物を呼ぶなんて、きっとケツから血が出る程訓練したんだろうな。ご苦労なこった」

 アデルは軽口を叩いているが、内心では舌打ちをしていた。
 カロンとルーカスがいくら一年前よりかは強くなったとは言え、冒険者で言えば駆け出しに毛が生えた程度の実力だ。彼らではミノタウロスと戦ってもすぐに殺されてしまうだろう。
 そうなるとアデルがミノタウロスと戦うしかないわけだが──銀等級の冒険者と言えども、ミノタウロスとの一騎打ちは楽な作業ではない。しかも、アデルはこの一年をヴェイユ島で過ごしていた。戦いの勘が鈍っている事を考えると、油断はできない。不注意で攻撃を受けてしまえば、即死も有り得る。

(糞ッ垂れめ。昨日良い想いしたから今日はコレってか? こっちは毎回キスだけで我慢してるってのに、その代償でミノタウロスの相手はさすがに割に合わないな)

 アデルは自嘲の笑みを浮かべながら背中から大剣を抜き、ミノタウロスの正面に構えた。
 どうであれ、剣を使わずに話し合いという線は消えた。殲滅するしかなかった。

(やれやれ、親父から受け継いだ魔物殺しの大剣が思わぬところで役に立ったな)

 アデルは身幅四寸・長さ五尺の大剣を見て、笑みを浮かべる。
 ミノタウロス程の巨大な敵では、対人の通常武器では懐に入るまでが苦労する。それまでの間に一撃でも貰えば致命傷だ。しかし、この漆黒の大剣であれば、武器のリーチや体格差といったものはカバーできる。ミノタウロスとも戦えないという事はない。

「そうだ、カロン。あいつにも降伏勧告してみてくれないか?」
「冗談はやめて下さい。絶対に殺されるじゃないですか」
「正しい判断だな。その予想は間違いないよ」

 ミノタウロスは狂暴な魔物だ。理性に訴えかけて何とかなるほど、理知的な生き物ではない。

「カロンとルーカスは周りのオークを何とかしてくれ。あのデカブツは……俺が片づけてやるさ」

 アデルの言葉に、二人の王宮兵士が頷いて、それぞれが動き出す。こうしてアデル達王宮兵団は、予想外の強敵と急遽戦う事になるのであった。