アデル達が西地区に着いた頃には、西地区の地面は赤色に染まっていた。グスタフ直属の騎士団が暴徒達を次々と切り裂き、阿鼻叫喚の図となっていたのだ。

「こ、降伏する! 助けてくれー!!」
「うるさい、死ねい!」

 中心となっている貴族を支持していた町民だろう。その町民が両手を上げて降伏しているが、騎士団は躊躇なくその町民達を斬り捨てていっている。
 そういった無慈悲な行為があちらこちらで起きていて、もはや手の施しようがなくなっていた。

「ひ、ひどい……」

 ルーカスが呟いた。
 アデルも同じ感想を抱いていた。国民を守るべき立場にある騎士団──少なくとも一年前までは実際に守っていた──が、国民を斬り捨てている光景は、もはやあの平和でヴェイユ王国で起こっている事とは思えなかった。

「それにしても、この騎士団は何だ? 先行隊か?」

 アデルはカロンに訊いた。
 こういった治安維持や暴動の鎮圧は本来王宮兵団の仕事のはずだ。完全武装した騎士団が出てくる意味がわからなかった。

「はい。これはグスタフ宰相直属部隊のドルフィー将軍の部隊ですね。主に反グスタフ派の組織の鎮圧に出向く事から、〝冷血騎士団〟なんて呼ばれてますよ」
「詳しいな」

 あまり軍部の事情に詳しくないアデルにとっては初耳の情報だった。

「まあ、こういうご時世ですからね。誰が敵か味方くらいの情報収集はしっかりしておいた方が良いでしょう」
「誰が敵か味方かときたか」

 確かにな、と思わずアデルの口元から苦笑が漏れた。
 同じ国に所属する者同士のはずなのだが、もはや敵味方の区別がはっきりとできるほど、この国はバラバラになっているのだ。
 すると、アデル達に気付いたドルフィー将軍がこちらに向かってきた。筋骨隆々ではあるものの、嫌らしい笑みを浮かべて騎士道精神の欠片も無さそうな顔をしている。
 アデルはその顔から心のどこかでオルテガを思い出してしまい、ドルフィーという男が生理的に受け付けなかった。

「ほう、これはこれは……王宮兵団の遅漏どもじゃないか。今頃ノコノコと何の用だ?」
「へっ……冗談のセンスもあいつにそっくりだ」
「む? 何の事だ?」

 首を傾げるドルフィー将軍に対して、アデルは「何でもないさ。聞き流してくれ」と両手を空に向けて肩を竦めてへらへらとした笑った。

「む、その背に背負う大剣は……お前が噂の〝漆黒の魔剣士〟アデルか!」

 ドルフィーの口角が上がる。そして、彼は無意識なのだろうが、自然と剣の柄に手を掛けていた。
 どうやらこの男はアデルの事を知っていて、尚且つ気に入らない様だった。

「懐かしい通り名だな。そう呼ばれていた時期もあるよ」

 アデルはドルフィーの一挙一動を注意深く見ながら、空々しく頭を下げた。
 彼としては無用な争いは避けたかったのである。

「ふん、冒険者風情が。野犬が王宮兵団に入るなどと、輝かしいヴェイユ王国史の汚点だな」

 アデルの態度を見てか、ドルフィー将軍が更に挑発を掛けてくる。
 しかし、彼の言葉に反応したのは、アデル本人ではなくカロンとルーカスだった。

「何ですって!?」
「貴様、もう一度言ってみろ!」

 アデルが何かを言い返す前に、カロンとルーカスが怒りを顕わにしたのだ。彼らがわざわざ自分を庇った事の方がアデルからすれば驚きだった。
 さすがに一年も同室で暮らしていれば、情も湧くといったところだろうか。

「言わせておけ。元冒険者風情が王宮兵団で奉公してるってのは、確かにおかしな話だ」

 アデルは自嘲的な笑みを見せてカロン達を宥めた。

「ふん、冒険者のくせに随分と優等生なこった。それで王女様に取り行って王宮兵団に入れてもらったのか?」
「かもな」

 アデルは特段に言い返す事もなく、肩を竦めて見せた。
 ドルフィー将軍がアデルを挑発しているのは目に見えている。おそらく彼は、この暴動に乗じてアデルを消しておきたいのだ。
 グスタフ派の中でも、アデルは国王派の要注意人物として挙げられているのか、或いはドルフィーが個人的にアデルを気に入らないと思っているのかもしれない。
 その思惑がわかっているのであれば、敢えて挑発に乗る必要もない。それこそ相手の思う壺なのである。

「まあいい、〝漆黒の魔剣士〟。御覧の通り、この辺りの敵は今しがた我々が片づけた。残りは教会にいる連中だけだが、我々はさっきの戦いで逃げた奴等を追わなくちゃいけなくてな……後はお前ら王宮兵団に任せてやろう。せいぜい頑張るんだな」
「そいつはどうも。仕事がなくならなくて助かったよ」

 アデルが空々しい笑みを浮かべて言うと、ドルフィー将軍は「ふん」と鼻息を荒くして、部下を呼び集めた。

「貴様の様な冒険者風情がいつまでもこの国でのさばれると思うなよ」

 最後に将軍はそう言い捨てると、西地区の前からさっさと立ち去っていった。