「悪いが……料理を出してやってくれ。王女がこうなってしまったら引きそうにない」

 アデルは嘆息してそう言うと、店主は顔を真っ青にして固唾を飲んでいた。
 そのまま「承知致しました」とまるで処刑台にでも向かう顔色で、厨房へと入っていく。
 アデルは窓がついておらず、店内を見渡せる席に座ると、溜め息を吐いた。一方のアーシャ姫は全く気にした様子もなく、店内を珍しげに眺めている。

「あのな、アーシャ王女」
「はい、なんですか?」

 にこにこと天使の様な微笑みを見せているが、その声色にはどこかからかう様な響きもあった。
 そんな王女を見て、アデルはもう一度深い溜め息を吐く。

「お忍びでデートって何だよ」
「違うんですか?」
「違うだろ! 俺は護衛であんたは護衛されてる姫君だ」
「わあ、ナイトとお姫様みたいで素敵ですね。おとぎ話で読んだ事がありますっ」
「俺は騎士じゃなくて兵士だ!」

 盛大にツッコミを入れるが、王女は楽しそうにくすくす笑うだけである。もう一度眉間を押さえる他ないアデルであった。
 王女がアデルをからかっているのは明白なので、言い返すだけ無駄なのだ。

「アデルは冗談だと思ってると思うんですけど──」

 アーシャは水が入っている瓶に向けて浄化の魔法を掛けてから、コップに水を注いでいく。
 何も考えていない様で、万が一を考えてしっかりと毒の対策を行っているのがこの王女だ。もしこの水に毒が入っていたら、或いはこの水のせいで腹を壊してしまったら店に迷惑が掛かる。彼女はそこまで考えてこの行動に出ているのだ。そこまで対策をしているのであれば、アデルからすれば文句すらいえないのである。

「こうした殿方と一緒にお買い物をして、外のお料理屋さんでお食事をしたいというのも……私の本心で、憧れだったんですよ?」

 王女はアデルのコップにも水を注ぐと、少し照れた様に首を傾げて微笑んだ。

「露店で安物の装飾品を買って、安料理屋で飯を食べてるだけじゃないか」
「それでも、私にとっては人生で初めてのデートです」

 自分で言って恥ずかしくなったのか、アーシャ王女は頬を染めて俯いた。

「……そんな大層な役割を、一介の兵士に任せないでくれ。荷が重すぎる」

 そんな彼女を見てアデルも恥ずかしくなってしまい、視線を逸らす。
 彼女の口からデートと言われてしまうと、本当にデートの気分になってしまう。朝にカロンからからかわれた言葉が現実味を帯びて蘇ってしまうのだ。そして、自分の中にある秘めたる感情にも、気付いてしまう。
 アデルは必死にその感情を押し殺した。それは、一介の兵士が王女殿下に抱いて良い感情ではなかったからだ。

「一介の兵士じゃなくて、アデルだから任せたんですよ……?」
「え?」

 物凄く小さな声でアーシャが何かを言ったので聞き返すが、彼女は「何でもありません」と顔をそっぽ向けた。
 結局それからアデル達は、料理が出てくるまでこそばがゆい空気の中を過ごした。
 なお、料理は思った以上に美味しく、アーシャは大のお気に入りだった。また城を抜けだして食べにきたいと本気で言っているものだから、余計にアデルは頭を抱える羽目になるのだった。