「人がたくさんいるところだと、アデル一人では私を守り切れないかもしれない──だから、他にも護衛がたくさんついていたんですよね?」
「まあ、そうだけど……」

 この王女は思った以上に賢い──アデルは素直にそう思った。
 何も考えていない様に見えて、実はしっかりと考えて、尚且つ周りも見えている。これまで彼女はそれを上手く隠して生きてきているのか、本人ですらもその賢しさに気付いていないかのどちらだろうか。アデルはこの一瞬で、アーシャ王女にそんな感想を抱いたのだった。

「ここなら大丈夫じゃないですか? 人も少ないですし」
「いや、大丈夫っちゃ大丈夫だけど……何もないぞ?」

 路地裏を見てみるが、客が全く寄り着いていない露天商が一人と、その奥には今日は商売上がったりであろう安料理屋しかなかった。今日は表通りに人が集まっているので、客入りはなさそうだ。
 これでは買い物を楽しみたかったアーシャ王女の欲求を満たせないのではないかと思うのだが、案外彼女は気にしている様子がない。「ちゃんとお店があるじゃないですか」とぴょこぴょことその露天商へと歩み寄り、地面に並べられているアクセサリーを楽しそうに見ている。
 露店にある装飾品は一般市民向けに作られた装飾で、とてもではないが王族が身に着けるべきものではないように思えた。

「アーシャ──なら、もっと高価なもの持ってるだろ」

 王女、と言いかけて、慌てて言い直した。
 一応、この露天商はまだ彼女がかの〝ヴェイユの聖女〟でありヴェイユ王国王女である事も気付いていない。
 咄嗟に呼び捨てにしてしまったのでアーシャが気を悪くしたのではないかと思ったが、彼女は呼び捨てにされた事が余程嬉しかったのか、にやにやと口元を緩めていた。

「やっと、呼び捨てで名前を呼んでくれました」
「……今だけだよ、怒らないでくれ」
「いつでもそう呼んでくれて良いんですよ? 私は大歓迎です」
「勘弁してくれ。色々な人に殺されてしまう」

 アーシャはくすっと笑うと、再び露店へと視線を移した。

「あ、これ可愛いです!」

 彼女が手に取ったのは、兎のシルエットをしたネックレスだった。素材は銅か何かで、色を青色の塗料でつけている様な安物だ。

「つけてみて良いですか?」

 アーシャが露天商に訊くと、露天商は無言で頷いた。売る気がまるでない様な露天商だ。
 アーシャはネックレスを身に付けると、自慢げにアデルに見せつけた。

「似合ってますか?」
「ああ、とっても」

 王女が身に付ければ何でも高級品に見える、と思ったが、それは心の内に留めておいた。

「じゃあ、これ買います!」
「おい」

 まさかの露天商の商品を買おうとするので、思わず止める。
 とてもではないが、国の王女が身に付けて良いものではない。どちらかというと子供が身に着けるようなものだ。

「なんですか?」
「それを買うつもりなのか」
「はい」

 彼女は「何か変ですか?」とでも言いたげに首を傾げた。

「お前な……」
「だって、これはアデルが似合うと言ってくれました。それなら、私は欲しいです」

 全くの他意などなく、本当に嬉しそうにして微笑んで言うものだから、何も言えやしない。
 アデルは溜め息を吐いて、露天商に銀貨を一枚支払った。露天商はこんなにもらえないと慌てたが、アデルが手でそれを制して、取っておけ、と伝える。
 おそらく価値で言うなら銅貨数枚程度の価格の装飾品だろう。それを一国の王女に買わせるわけにはいかない。

「それなら……そのネックレスは俺からのプレゼントだ。取っておいてくれ」
「本当ですか!?」

 アーシャは瞳を輝かせて、胸元に輝く安物のネックレスを嬉しそうに眺めた。
 彼女が持っているどのアクセサリーよりも安物なのは間違いない。しかし、彼女はそれを眺めては大切そうに撫でている。

「アクセサリーなんて腐る程持っているだろうに」

 路地を歩きながらアーシャに言うと、彼女は「確かにたくさん持ってますけど」と言ってから続けた。

「殿方にこうした贈り物をされるのは初めてなので……とっても、嬉しいです」

 顔を赤らめて、幸せそうに言う。
 そんな表情をされては、アデルも何も言えなくなってしまう。

「それに、こうして殿方と街を歩いて、買い物をするのも憧れでした。私には縁のない事だと思っていたので……今、凄く嬉しいです」
「……そうか」
「はいっ」

 アーシャは笑顔で頷くと、今度は奥の安料理屋に入りたいと言い出した。
 アデルはもう一度大きく溜め息を吐いて、安料理屋の扉に手を掛けるのだった。